秘密のChocolate 02

「あの、黄瀬くん。温かいものを飲みませんか?」

最寄の駅へと着いて早々、黒子がコーヒースタンドに入りたいと言い出した。

「いっスけど、まだ、駅に着いたばかりっスよ?」

これから出掛ける駅ビルに着いてからでもいいのではと提案しても、黒子は「今飲みたいんです」と譲らない。
なんだかよく分からないけど、黄瀬にとってはコーヒースタンドでコーヒーを飲もうが、駅ビルで買い物をしようが、黒子がいれば十分なので、断る理由はない。
外で黄瀬を待っている間に冷えてしまった黒子にはちょうどいいかもしれない。

「いっスよ。じゃ、入ろうか」

駅のすぐ脇に立っているチェーンの店に黄瀬が先だって入ろうとすると、くんっとコートが引っ張られる。

「ん?」

見れば黒子がコートの端を遠慮がちに掴んでいる。

「ここじゃありません。向こうがいいです」

ふるふると首を振って、通りの向かいにある店を指差す。今入ろうとしていた店同様にチェーン展開している店で黄瀬の目には同じようなコーヒースタンドにしか見えない。

「なんで?ここじゃダメなんスか?」

わざわざ通りを渡らなくても、目の前に立っているんだから、ここに入ればいいのにと思う。向こうの店に入ったら、駅に入るのにもう一度、通りを渡る必要がある。
黄瀬が不思議そうに黒子を覗き込むとぷいと顏を背けて、暫し無言の後、渋々口を開く。

「あそこにあるメニューで飲みたいものがあるんです」

黒子は意味もなく我儘を言わない。コーヒースタンドに入るだけなのに、ここまで主張するからにはこれはやはり、何か理由があるのだろう。
黄瀬はにっこり笑うと黒子の手を引いた。

「いいよ。じゃ、あそこに行こうか」


店に入ってからも黒子の不思議な行動は続く。

「オレはね・・・」
「カフェモカを二つお願いします」

カウンターで飲み物をオーダーしようとすると黒子が先にてきぱきと二人分をオーダーしてしまった。
横から被せられた言葉に黒子をまじまじと見ていると軽く睨まれた。

「なんですか?」
「いや、何って・・・オレ、他のものを頼もうと思ったんスけど」

ここでも黒子は顏を背けると捲くし立てるように早口で説明する。

「ここはこれが美味しいんです。ここでは、これを飲むべきなんです」
「え、あ、そうなんスか」

これも自分の意見を人に押し付けることはしない黒子にしては珍しい。呆気に取られながらも返事をすると会計をしようとしていた黒子に強く背を押された。

「ここはいいですから、黄瀬くんは先に行って、席を取ってください。ほら、早く」

と、言って、再度、ぐいぐいと背を押される。
黒子の行動に首を傾げながらも、黄瀬は外から見えにくい、奥まった席を確保した。確保と言っても、そもそも、そこまで混んでいない。先に行って席を確保しろと言うのも些か不思議な話だ。
着ていたコートを脱いで、椅子に腰を下ろす。
黒子が会計を済ませて、カフェモカを持ってくる間、手持無沙汰で席においてある小さいメニューを手にした。
冬のメニューとしていくつか写真付きで大き目に掲載されている。その中で先程、黒子が頼んだカフェモカへと目を遣った。

『エスプレッソにチョコレートシロップを加えた、おススメメニューです』

チョコレート。なるほどね。
黄瀬は先日、撮影現場でスタイリストの女性と交わした会話を思い出した。

「コーヒーにチョコレートシロップを加えたものをカフェモカって言うのよ。でも、コーヒーにココアを入れる方が多いかな。原料は殆ど一緒だものね」

そう言って笑ったスタイリストがチョコレートシロップを入れている店もあると言って名前を挙げた店が確かここだ。

「素直じゃないっスね」

バレンタインは女性のイベントだから、黒子にとっては素直に黄瀬にチョコレートを渡すのは抵抗があるのだろうことは容易に想像つく。
黄瀬が目を細めたところで、黒子がトレイを持ってやって来るのが視界に入り、素早くメニューを元に戻す。
黒子がいつ、何と言って、意図を伝えてくれるのか楽しみだ。素直じゃないのは黒子だけではないのかもしれない。
緩んだ口元を戻して、気づかなかった振りをする。

「どうぞ」

コト、と音を立てて、カップが置かれる。

「黒子っち、お金」

財布を出そうとすると黒子に阻まれた。

「いいんです。僕が出します。いいんです」
「そんな2回も言わなくても」

黄瀬は苦笑した。
いつもなら、黒子にお金を出させられないとばかりにもう少し押すところだが、黒子の意図が見えただけに今日は強硬には主張しない。

「そ、ありがと」

笑顔でお礼を口にしたが、黒子は不満そうにじっと黄瀬の顏を見てくる。

「どしたの?そんなにオレの顏をじっと見つめて。あ、もしかして、カッコいいなあとか思ってたんスか?」

敢えて軽口を叩くと黒子は更に不満そうな顔をした。

「違います。・・・黄瀬くん、何か気づくことはないですか?」
「違いますって、そんな強く否定されると凹むっス。気づく?何にっスか?」

黄瀬が目を瞬かせて訊き返すと黒子は眉を下げて、悲しそうにぽつりと呟いた。

「・・・そうですか。なんでもないです」

長めの睫毛が瞳に影を落として、しょんぼりと俯いた黒子は小動物のようで、黄瀬の庇護欲を掻き立てる。

(かわいいっス!あぁ、もう、抱きしめたいっス!)

すぐにでも、「カフェモカはバレンタインのチョコレートのつもりなんスね!」と言って、抱き締めたい一方で、意図が伝わらずに困った顏の黒子もかわいくて、捨てがたい。
ここで気づかない振りをし続けたら、黒子はどうするのか。次の手を考えるのか、どこかで観念してネタばらしをするのか。
黒子が黄瀬のために困る姿もかわいいし、どうするのか見てみたいという悪戯心が湧いてきて、もう少し黙っていることにした

(意地悪して、ごめんね、黒子っち)

2014年2月12日

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