秘密のChocolate 03

「あ・・・向こうから行きませんか?」

黒子は小さい声で言った後、様子を伺うように並んで歩いていた黄瀬の方をちらと見て、前方の公園を指差した。
コーヒースタンドを出てから、黒子が行きたいと言っていた大きい書店、周辺の店などに寄ったり、ぶらぶらした後、夕食を食べるために駅ビル内の店に入った。そこでも黒子が熱心に勧めてくるメニューを見れば、牛肉のビール煮の“チョコレートソースがけ”だったり、カフェモカよりも露骨になったが、せっかくなら、黒子の口から聞きたい。ここでも、敢えて気づかない振りをした。
その後入ったマジバでも「オーダーを間違えた」と言って、交換を装いつつ、チョコレートシェイクをくれるというダイレクトな手段に打って出た。
ここまでくれば、さすがに言うんだろうと思って、黒子の顏をじっと見るものの、向こうも黄瀬の顏をじっと見たまま、何も言わないので、

「何か言いたそうっスね」

と促しても、「何でもないです」と最後には目にやや涙を滲ませてしょんぼりしてしまった。

『意地張りながらもオレのために頑張る黒子っちっていうのもかわいいんスけど、もうすぐ、駅着いちゃうっスよ?』

そんなことを内心思いつつ、駅へと二人向かう途中、黒子が路地脇へ逸れた向こう側に位置する公園を通らないかと提案してきた。

「いいっスよ」

すぐそこには表通りが見えているし、周辺にもビルがあったりと決して人通りから隔絶されているわけではないが、木々が繁って、ところどころ薄暗い公園の中には人はまばらだった。
なんだか妙な沈黙のまま歩いていると決して大きくもない公園をもうすぐ出てしまう。
黄瀬もさすがに、そろそろ気づいていたことを言うべきかなぁと思っていたところで、横を歩いていた黒子がぴたりと歩みを止めた。

「黄瀬君・・・あの」

振り返れば、黒子が肩から掛けていたバッグを開けて、がさごそやっていたかと思うと、ずいと両手を差し出した。

「これを」

両掌には小ぶりな箱が載っている。

「・・・黒子っち、それ・・・」
「・・・チョコレートです。バレンタインですから、一応」

小さな声で視線を伏せたままの黒子の手に、黄瀬は手を添えて、大事そうにそっと箱を取りあげた。
グレーと黒のストライプの包装に銀のリボンが巻かれた小さい箱。まさかとは思うけど。

「・・・黒子っち、これ、黒子っちの手作りだったりする・・・?」
「!?」

箱をしげしげと見ていた黄瀬が遠慮がちに訊くと、黒子は露骨に体をびくっとさせた。

「なんで分かるんですか?・・・包装、あまりきれいじゃないからですか?」
「嘘!ほんとに!? 」

まさかの肯定に黄瀬が驚く間もなく、黒子は「あ」と気づいたように包装がきれいではなかったので黄瀬が気づいたのではないかと表情を暗くした。

「えっ!?違うっス」

「違う、違う」と慌てて手を振って、黒子の心配を否定する。

「ロゴがどこにもないし、リボンの結び方かな」

包装自体はきれいに包まれているが、リボンが縦結びで贔屓目に見ても、自宅で結んだように見える。

「やっぱり、包装の仕方で気づいたんじゃないですか」
「あ・・・」

口を少し尖らせた黒子に自分の失言に気が付いた黄瀬は苦笑した。

「でも」

手を伸ばして、黒子の頬へと手を添える。

「嬉しいっス。もらえるだけでも嬉しいのに、黒子っちの手作りなんて、本当に嬉しいっス」

雑誌等のメディアで見る以上の黄瀬の甘い眼差しで黒子を見つめたまま目を逸らさずに言うので、黒子の頬に段々と熱が集まる。
黄瀬は腕を伸ばして、黒子を引き寄せると腕の中に抱き込んだ。
いつもなら、「こんな場所で」とか「近すぎます」とか逃れようとする黒子も今日は腕の中で大人しくしている。

「黒子っち、ありがとう」
「デパートの特設会場の女性の中に入って買う勇気がなかっただけです。できれば、渡したくなかったんです」

黄瀬の腕の中、黒子が眉を下げて、困った顏でぽそりと呟いた。

「は?」

喜びの最中の思いがけない黒子の言葉に抱きすくめていた腕の力を緩めると黒子が消え入りそうな声で非難する。

「そんなに喜ばれると居たたまれないです。これは最終手段だったんです。・・・なのに、黄瀬君、全く、気づかないから。今日は君にたくさんのチョコーレートをあげたんですよ」

鼻と鼻がくっつきそうなくらいに黄瀬は顏を寄せるとにっこりと笑った。

「そうなんスか?でも、気づかなくて正解だったんスね。こんなすごいものをもらえたんスから」

蜂蜜色に揺れる甘い瞳に見つめられて、黒子は気づかなかったことを更に非難しようとして言葉を飲み込んだ。

「でも、せっかく作ったのに渡さないなんて勿体ないっスよ?」

優しく笑って、再び黒子をぎゅっと抱きしめた。

「・・・黄瀬君、こんなことしてると誰かに見られますよ」
「じゃ、誰にも見つからないようにオレの家に行こうか。明日、練習ないんでしょ?」

そんな目で言われたら、反論しようがないじゃないか。黒子は諦めたようにふっと息を吐くと、黄瀬のコートを引っ張った。

「早く行きましょう。ここは寒いです」



END

2014年2月16日

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