秘密のChocolate 01

2月14日。
心待ちにしている者、こんな日、なくなってしまえばいいのにと思う者、思いは色々あるものの、日本全国の男性に属する者が間違いなく意識せざる得ないイベント、それがバレンタイン。
イケメンモデルの黄瀬涼太は勿論、バレンタイデーなんてなくなればいいのに、なんて思うことのない人種である。
学校に行けば、休み時間では捌き切れないくらいにチョコレートを手渡したい女子が廊下に並び、行き帰りには身動き取れないくらいの他校の女生徒たち。
そして、事務所に送られるだけでなく、情報氾濫するこのご時世、どこかから入手した情報で黄瀬の仕事用のマンションを探し当てて、ポストに普通の郵便物が入らないくらい入れていき、最後には溢れ出ているのも毎年の光景。
しかし、黄瀬は女性から食べきれない程のチョコレートをもらうことなんかは比較にならないくらい楽しみにしていることがある。

「今年はどんな風に渡してくれるんスかねぇ」
「手が止まってるぞ」
「って〜」

いきなり蹴られたお尻の辺りを摩りつつ、黄瀬は涙目で振り返る。

「先輩、ひどいっスよ〜」
「うるさい。お前がどうしてもと言うから、練習をいつもよりも早めに切り上げてやったのにいつまで片づけているんだ」

振り返った先には黄瀬と並ぶと小柄に見えるが、強豪校の海常を見事なリーダーシップで引っ張る笠松が鬼の形相で立っている。

「はは。そうでした」
「早く、用具片づけて、帰れよ。・・・待たせてるんだろ?」

表情は怖いまま、言われた言葉に黄瀬の顏がぱっと明るくなる。

「そっスね。先輩、サンキューっス!」

残っていた用具を手早く用具入れへと片づけると着替えるためにあっという間にロッカールームへと姿を消した。

「なんだかんだ言って、黄瀬に甘いんだな」

いつの間にか近くに寄って来ていた森山が笠松に声を掛ける。

「そんなんじゃねぇ。上の空のままで練習しても意味ないからな」

照れ隠しに赤らめた頬を森山に見せないように体を返した笠松の背に森山が誘う。

「それじゃ、オレたちも次の試合を捧げる女の子を探しに出掛けるか」
「いっ、行かねぇよっ!」

更に真っ赤になった顏で幾分言葉を詰まらせながら笠松が不自然な大声で返事をしたと思うと、勢いよく体育館から出て行く。

「笠松には声掛けただろ。後は小堀と・・・早川はどうするかなー」

ぶつぶつ言いながら、森山も着替えるためにロッカールームへと向かった。



普通に出ようとすると待ち構えている女子に囲まれてしまって身動きが取れなくなるからと黒子は言われた通りに目立たない場所に配置された通用門の脇で待っていた。
通用門からは角度は悪いが覗き込めば、種類様々な制服の女の子達が正門前で待っているのが見える。

「どう考えても、女性から男性へ手渡すイベントですよね」

小さく呟いて、まだ風が寒い2月のあたま、黒子は首に巻いたマフラーを口元を覆うように引き上げた。
何度か、デパートのチョコレート売り場へ足を運んでみたものの、見渡す限り、女性でぎっしりで、とてもじゃないがそこに分け入る勇気は出なかった。
さりげなく話題を振ってみたら、そういうときだけ察しがよくて、面倒見のよい火神はいくつめだか分からないマジバのバーガーをもしゃもしゃと食べながら、律儀に答えてくれた。

「得意のミスディレクション使えばいいじゃねぇか」
「無理です。そんな平常心保てません」

その後、代案を出してはくれたけど、と思い出して暗くなったところで、ふわりとマフラーを首に巻かれた。

「お待たせ」
「黄瀬くん」

優しく笑い掛ける黄瀬の蜂蜜色の瞳がいつも以上に甘く輝いて、黒子は思わず、顏を逸らして、重ねて巻かれた黄瀬のマフラーを押し返した。

「そんなに待ってません。今来たばかりです」
「ふうん、そっか。でも、時間には遅くなったから、ごめんね」
「・・・いえ・・・すみません」

待ってないと言っている自分に黄瀬に先に謝られるとさすがに申し訳ない気になる。

「ほっぺた、冷たくなってるっスよ」

口の端を上げて笑う黄瀬が指の背で黒子の頬をすっと撫でる。ずっと待っていたことを見透かされて、頬に熱が集まるのを感じる。

「行こか」

「ここだとさすがに手は繋いであげられないっスけど」と蕩けるような甘い声で耳元に囁いて、女の子たちの待つ正門辺りから見えない道へと先に歩き出した。

2014年2月11日
黒子誕祝えなかったから(TωT)

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