寄り道 Side:黒子 05

頭の中が急に冷えて行く。
腹が立つ。

ごすっ!

「!!」

黄瀬が腹を押さえて、体が折れる。

「人の話を聞け」
「・・・・・イグナイトはひどいっス・・・」

黒子は右手の拳を握ったまま、「ふぅ」と小さく息を吐いて、前かがみになった黄瀬を今度は黒子が冷たい目で見下ろした。

「さっきから、“進展”、“進展”って何なんですか?ゲーセンで別れてから、まっすぐ帰ってきて、コートで高校生に絡まれた、それだけですよ。そこにちょうど君たちが来たんじゃないですか。いったい、何がどう進展するんですか?」
「・・・・・それだけっスか?」

腹にイグナイトをくらった黄瀬がようやく我に返って、萎れながらも上目使いで聞いてくるのに、半ば呆れながら答える。

「それだけですよ」

力任せに掴んでくるから、結構痛かった。見た目によらない馬鹿力め。
だいたい、“桃井と進展”って本当になんなんだ。
信じてもらっていないのには腹が立つ。

「・・・本当っスか?」

ぽそっと零した一言に黒子は無言になった。

「嘘!今のなし!信じるっス!信じてるっス!」

黒子が再度、腰の辺りで右の拳をぐっと握ったところで、黄瀬が両手を目の前で振って、先の疑問を取り消す。
しつこいから、もう一発イグナイトを見舞ってやろうとしたのを察知された。勘がいい。

「だいたい、聞きたいのはこちらの方ですよ。もう帰ったんじゃなかったんですか?」
「黒子っちを置いて帰ったりしないっスよ〜。ていうか、置いて帰ったのは黒子っちの方っス。ひどいっスよ」
「・・・よく、ここにいるのが分かりましたね?」
「スルーっスか!?」

黒子が黄瀬の非難を聞き流して、バスケットコートに現れたことを聞くと黄瀬は聞き流されたことを少し不満そうにした後、破顔した。

「そりゃあ、黒子っちのことは何でも分かるんス。今日一日、ボールを触れなかった黒子っちが素直にそのまま家に帰るはずがないっス」

黄瀬は笑顔の裏で、青峰と緑間はやっぱり要注意だと考える。二人が現れるのは想像通りだったけど、黄瀬が駆け付けるのがもう少し遅かったら、おいしいところは二人に持って行かれていた。
紫原まで菓子を持って現れたのは想像以上。紫原自身は自分の気持ちを正確に自覚してないかもしれないけど、色々考えないだけに、青峰、緑間よりも厄介かもしれない。

「素直じゃないなんて・・・そんなに確信して言われるとムカつきます・・・・・でも、助けてくれてありがとうございます」

今までそんなに危険視してなかったが、紫原も要注意だと考えていると、黒子はふいっと目を逸らして、付け足すように先ほど助けられたお礼を述べた。

「黒子っちを助けるのは当たり前っスよ。お礼じゃなくて、他にも言うことあるんじゃないスか?」
「?」

目を細めて黒子を見下ろしながら黄瀬が嬉しそうな顔をする。黒子が質問の意味が分からず、不思議そうに見返すと、黄瀬はもどかしそうにため息を吐いた。

「『カッコよかった』とかぁ、『惚れ直した』とかないんスか?」

にやにや笑って、決して黒子がそんなことを言わないことを分かっているくせに要求する黄瀬には腹が立ったが、助かったのは本当だし、ゲーセンで別れて以降に蟠っていた気持ちを吐き出したかったのも本当だ。

「・・・・・・嬉しかったです」

消え入りそうな黒子の声に、黒子が素直な気持ちの吐露なんか期待していなかった黄瀬は一瞬、黒子を凝視したと思うと片手で口元を塞いだ。

「不意打ちはないっスよ・・・」

黄瀬の体がふるふると微かに震えて、黒子が制止しようとした時には抱きついて来て、気づいたときには黄瀬の両腕の中にしっかりと抱き込まれていた。

「黒子っち!!」
「あ」
「嬉しかったっスか!?」

黒子の頭に頬を預けるようにした黄瀬のテノールの声が頭の上から降り注いでくる。密着した体からは体温が伝わって来て、黄瀬の匂いが鼻腔をくすぐる。
これはズルい。
勝手に騒いで、勝手に上機嫌になって。厳しく言ってやらねばと思っていた気持ちもあっという間に小さくなって消え失せる。

「・・・ったんです」
「ん?なあに?」

黄瀬の問いに素直に答えることができずに違う言葉で気持ちを伝えようとすると、黄瀬は黒子の顔を覗き込んでくる。
先程までの冷たい目と違って、蕩けそうな程、甘い光を宿した目を細めて聞き返してくる。
よかった。知っている黄瀬だ。

「皆との寄り道も楽しかったけど、ほんとは黄瀬君と二人で帰りたかったです」

黒子が俯き加減で小さく呟くとぎゅっと一層抱き込まれた。

「もう!そんなかわいいことを言われると我慢できないっス」

「何を」と聞こうとする間もなく、黄瀬が覗き込んでいた顏をより傾けるとあっという間に顏が近付いて来て、唇に柔らかいものが押し付けられた。
誰かが探しに来たら、と押し退けようとしたが、その前に熱が去って行く。
去り際には下唇をぺろりと舐められた。

「!!」
「本当はまだ離したくないけど、いい加減、皆が探していると思うんで続きはまた今度っスね」

黄瀬は爽やかに満面の笑みを向けた。
途端、恥ずかしさと動揺で黒子の頭にかっと血が上った。

2013年12月4日

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