寄り道 Side:黒子 04

長かった1日も終わりを迎え、後は皆で黒子を家に送り届けるだけだった。
黒子は緑間が桃井に特製コロコロ鉛筆の薀蓄と使い方について熱弁をふるっているのを、心もち後ろを歩きながら、微笑ましく聞いていた。
公園の出口に向かう途中、何度か道を折れて、掃除用具の収められたコンクリートの小ぶりな建物を曲がろうとしたところで、いきなり、左手を掴まれ、体ごと後ろに引っ張られた。
驚いて声が出そうになったが、大きな手で口を塞がれる。
口を塞がれたまま、後ろから抱え込まれるとふわりと覚えのある香りが鼻腔をくすぐった。
気づけば黒子は集団の後ろの方を歩いていたようで、姿を消した黒子に気付く者はいなかった。
抱き込まれたまま、用具小屋の陰に連れて行かれる。
ひんやりとしたコンクリートの壁に背中を押しつけられた後、ようやく口を塞いでいた手が外された。

「どういうつもりですか、黄瀬君?」

黒子よりも随分上にある整った顏を軽く睨んで見上げれば、同じように不満そうな声が落ちてくる。

「それはこっちのセリフっスよ。ゲーセンでさっさと行っちゃったと思えば、こんなところでピンチに陥っているし、それに」

黄瀬は一旦そこで言葉を切るとコンクリートの壁を背にした黒子の顔を両腕で囲うようにして閉じ込めた。突然、黄瀬の声が低くなる。

「桃っちと“進展”って何スか?」
「“進展”・・・?」

黄瀬が何の事を言っているのか分からず、黒子は不思議そうに鸚鵡返しに聞き返したが、黄瀬は表情のない瞳で黒子をじっと見て答えない。
用具小屋の暗い陰の中で、街灯から射すわずかな蛍光灯の光を受けて、黄瀬の目だけが暗闇に浮いて見える。
黄瀬の冴え冴えとした冷たい目に黒子は背中を冷たい手で撫でられたようにぞくりとした。
こんな黄瀬は知らない。
黒子が知っているのはいつもこちらが恥ずかしくなるくらいに黒子を甘やかしてくれて、黒子の無理にも困った顔で応えてくれる黄瀬だ。
見知らぬ黄瀬を目にして、戸惑った黒子は黄瀬から視線を外して俯いた。

「桃っちから聞いたんスよ。進展があったって」
「・・・え?」

黄瀬の底冷えのするような低い声が耳に入る。気が付けば、黄瀬の手は黒子の両肩に置かれていた。

「ゲーセンで別れてから、何があったんスか?そんなに時間経ってないのに、何が進展したんスか?」

黄瀬の声は静かだが、押し殺された感情が内部で圧力を高めていて、今にも爆発しそうな危うさを感じさせる。掴まれた両肩が痛い。

「き、黄瀬君、痛いです・・・」

黒子は肩の痛さに顏を顰めるが黄瀬は追及をやめない。

「桃っちと二人きりになりたくて、ゲーセンでオレを置いて行ったんスか?」
「ちがっ・・・」

否定したいのに、思ってもなかったことを問い詰められている動揺と見たことのない黄瀬への戸惑いで言葉にならない。
黄瀬の方も明確な否定を黒子の口から聞けないことで段々、感情が昂ぶって来ているらしい。

「桃っちと付き合うんスか?・・・・・そんなの嫌っス!」

掴まれた肩に黄瀬の指が食い込むようだ。
いつもなら黒子が痛いと言えば、すぐにでも手を離して、必要以上に気を遣いそうなものなのに、今の黄瀬は想いでいっぱいになってしまって、黒子の声も聞こえないらしい。
黒子が肩を掴まれた痛さに身を捩らせているのにも気づかない。

「ちょっ・・・黄瀬君、話を聞いてくだ・・・」
「・・・許さないっス」

肩を掴まれ、謂れのない問い詰めを受けるうちに黒子の中で何かがぶちっと切れる音がした。
つまらない焼きもちを焼いて、黄瀬をゲーセンに置いて来たりしなければ、もう少し長く黄瀬と居られたのに。
帰って、早く黄瀬に電話をしよう。そして、謝ろう。
そう思っていたのに、桃井とのことを疑われている今の状況は何だろう。

2013年11月18日

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