Stay with me 02

アレックスたちと分かれて、アッシュを待たせた本屋に向かう道すがら、英二は得心したように一人うんうんと頷いていた。
最初は気のせいかと思っていたが、サンクスギビングデーも過ぎて、街がすっかりクリスマスの装飾に彩られた頃から、アッシュの様子がおかしかった。
英二の顔をじっと見て何か言いたげに口を開きかけるが英二が聞き返すと「いや、なんでもない」と視線を逸らしてしまう。
「そういうことかぁ」
クリスマスと言えば日本でも一大イベントであることは間違いないのだが、さすがにクリスマスだから帰省しようという感覚はない。
ところが、こちらはクリスマスと言えば家族と過ごすのが定番だ。
日本にいた頃、外国人の英語の教師が11月の授業を詰めるだけ詰め込んで、早々の冬休みを取って、家族と過ごすと言って帰国したのを思い出した。
「きっと、アッシュは僕が帰国すると思っているんだろうなぁ」
帰国しないと伝えたら驚くだろうなぁとくすりと口元を綻ばせて、アッシュの待つ本屋のドアへと手を掛けた。


朝から仕込んでおいたシチューも二人できれいに食べて、後は食後のコーヒーを残すだけ。
ジェシカお勧めのパン屋のパンは美味しかった。
外はカリッと中はしっとり、バターの濃厚な香りが鼻腔をくすぐる。
出掛けた先でアッシュを本屋に待たせてでも足を伸ばした甲斐があった。
「そうだ、アッシュ」
英二が声を掛けた頃にはアッシュは注がれたコーヒーが入ったマグカップを片手に3人掛けのソファに長い脚を投げ出し、雑誌を読んでいる。
「なんだ?」
読んでいる雑誌から顔を上げたアッシュに英二は声を掛けた。
「明日、クリスマスツリーを買いに行かないかい?」
「ツリー?」
「そう。部屋の真ん中に本物の木のツリーを置いてさ。そうだ。クリスマスには七面鳥も食べよう」
「・・・クリスマスって、英二、お前・・・」
「こっちでは七面鳥は定番なんだろう?」
片目を軽くつむってみせた英二にアッシュは戸惑いの表情を見せた。
眉間にしわを寄せて、少し怒ったような顔でアッシュはここ最近見せる何かを言いたげな顔で口を開きかけて軽く息をのんだ後、口閉じるといったところを二度程繰り返したのち、意を決したように一つ息を吸った。
「・・・お前はクリスマスにはこっちにはいないだろう?」
「いるよ?」
英二は心の中で「やっぱり、そう思っていたんだなぁ」と苦笑しながら即答した。
英二の返事にアッシュは心持ち目を見開いて英二を凝視した。
「・・・帰らないのか?」
聞き返す言葉は微かに掠れている。
「帰らないよ」
英二はアッシュに気持ちを伝えるようにもう一度はっきりと繰り返した。
「僕は日本人だよ。クリスマスに帰省する文化は持ってないよ」
アッシュの様子とは対照的に軽い調子で英二は答えて、テーブルに乗ったままのマグカップへ手を伸ばした。少し冷めてちょうど飲み頃だ。
視線をカップへと移した英二の耳にアッシュがはっと息を吐く音が入ってきた。
「そうか、帰らないのか・・・」
ひどく小さな声も耳に届いたが、英二は熱いコーヒーが入ったままになっているマグカップを吹く振りをして視線を下に向け、アッシュの方は敢えて見なかった。
「日本人はクリスマスに実家に帰るというより、お正月かな」と途中まで言ったところでアッシュの表情に一瞬、影が差したが続いた英二のセリフに吹き出した。
「でも、家族の反対を押し切って再度こちらに来たいと言ったら、言うこと聞けないから、もう帰ってくるな!なんて言われたから、しばらくは帰れないなぁ、あれは」
天井を仰いだ英二にアッシュがニヤリと口角を上げた。
「なんだ、オニイチャンは帰れないのか」
嬉しさが滲むアッシュの声に「嬉しそうに言うなよ」と英二は頬を膨らませた。
「じゃ、帰れないかわいそうなオニイチャンにこっちのクリスマスを楽しませてやるよ。まずはツリーだな」
そう言ってソファから立ち上がったアッシュはテーブルの方に戻ってきた。
「ツリーに七面鳥になんだって?お前が思うクリスマスってどういうものなんだ?」
英二の顔を覗き込むアッシュに英二は指を折りながら答える。
「本物の木のツリーだろ。七面鳥だろ?うーん。あとはケーキだな」
「ケーキ?」
「苺がたくさん乗ったクリスマスケーキだよ」
ケーキと言った英二にアッシュは不思議そうな顔をした。こちらでは白い生クリームの苺がいっぱいのケーキはクリスマスには食べないらしい。
「日本じゃクリスマスと言えばこれなんだけどなぁ」
「おかしな習慣だな。だいたい日本人はクリスチャンじゃないだろう?」
「いいんだよ。なんでも取り入れて楽しむのが日本人なんだよ」
人差し指を立てて、得意げにアッシュに説明する英二にアッシュはひどく優しい目を向けた。
「じゃあ、その何でも楽しめる日本人にクリスマスの過ごし方を教えて頂きましょうか」
優雅に片手をお腹に当てて、頭を下げるアッシュに英二は胸を叩いた。
「お兄さんに任せなさい。明日は買いものがいっぱいで大変だからね」
「それは大変そうだ」
アッシュは顔を上げて英二の顔をじっと見つめて付け加えた。
「でも、楽しいクリスマスになりそうだな」


END

2017年12月21日

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