Stay with me 01

大通りに面した窓ガラスを通して、通りを行き交う人達が足早に歩いているのが見える。
12月に入った街はクリスマス一色で、通りの頭上にも夜になればきらきらと瞬くであろうイルミネーションの飾りも日中でも既に賑やかな空気を演出し、ドアが開くたびに外のみならず中も派手に飾り立てられた様子が覗く店から出てくる人々も両手に色とりどりにラッピングされた包みや袋を抱えて、どこもかしこも浮かれた空気に包まれている。
そんな浮かれた通りを窓越しに眺めてアレックスはため息をついた。
ここはなぜこんな親父がと疑問に思うような不似合いなエプロンを掛けた巨体の髭面の店主が営むドーナッツの店。
店主の風体にそぐわずしっとりおいしいドーナッツを作り、ここが重要なポイントでもあるが、よく食べるコングが腹いっぱい食べることが可能な比較的安くて腹持ちがする食べ物という理由で3人は気が付けばこの店に立ち寄っている。
アレックスのため息に向かいに座ったボーンズが上目遣いに情けない声を出す。
「なぁ、どうするんだよぅ」


特に帰るような家がない、もしくは帰っても仕方がないような家に住んでいるやつばかりの自分たちはほかのリンクスのメンバーと共に馴染みの店で集まって騒ぐ予定になっている。
例年、ボスであるアッシュは基本的にそんなバカ騒ぎには出てこないし、集まる旨のみ報告しておけば特に問題もないのだが、コングがドーナッツを頬張り、アレックスがコーヒーをすする中、ボーンズがおずおずと切り出したのがつい先ほど。

「今年はボスも誘った方がいいんじゃないかな」

意味を図りかねたアレックスが怪訝な顔で訊き返す。

「なんでだよ?いつも誘ってはいないだろ?」

訊き返されたボーンズはどう答えたものか少し考えた様子で手にしたドーナッツを手で弄びながら、上目遣いでアレックスを見た。

「だって。いつもボスは英二と一緒じゃん?」
「おう」
「でも英二だって帰るじゃん?」
「そうだな」

ボーンズが言いたいことが今一つ分からず、目で先を促すとやはりおずおずとした返事が返ってきた。

「いないのが普通なのと、いたのがいなくなっちゃうのは違うんじゃないかな」
「あぁ・・・」

ようやくボーンズの言わんとすることが分かったアレックスはため息をついた。
単に誘えばいいってものじゃない。いったいなんて言って誘えばいいんだ。
「ボスが寂しいかと思って」とでも言うのか。
さすがにそんな勇気はない。クリスマス前にそんな痛い目にも会いたくない。
斜め向かいでむしゃむしゃとドーナッツを片手に反対の手にはコーヒーカップで交互に忙しく口に運んでいるコングに声を掛けてみる。

「お前はどう思う?」
「え?おれ?」

コーヒーカップを口に運ぼうとしていた手を止めて、コングがきょとんとした顔を上げた。
「おれ、頭悪いから、そういうのはアレックスに任せるよ」

へらっとした笑顔を返して、皿に盛られたドーナッツの山から次はどれを食べようと物色に戻った。
訊いた自分が馬鹿だった。
問題提起だけしてくれたボーンズは眉尻下げて、アレックスの顔をじっと見て、結論を待っているし、もう一度深いため息が出そうになったところでこの場の暗くなった雰囲気にそぐわない明るい声が頭上から降ってきた。

「暗い顔してどうしたの?」
「あ」

顔を上げれば、話題にしていた当の本人、英二が両手で紙包みを抱えて、にこにことしている。

「そこを通ったら、窓から3人が見えたからさ」
「なんだ買い物か?」
「うん。すぐそこのパン屋さんがすごくおいしいってジェシカに聞いて来てみたんだ」

ジェシカといえばマックスの嫁さんであの怖いおばさんかと英二がジェシカから聞いたというパン屋の情報を説明するのを上の空で訊きながら、英二の話が落ち着いたところで聞いてみることにした。

「なぁ、お前、いつ帰るんだ?」

どう誘うのかは後で考えるとしてちょうどいいところに英二が来たのでまずは帰国予定を聞くことにした。
英二の帰国する日にちによって、アッシュの機嫌も見極めながら話を切り出すことにした。

「え?帰国?帰国する予定なんてないけど?」

不思議そうな顔で英二が聞き返す。

「なんで?僕、帰るなんて言ったっけ?」
「帰らねぇの?・・・クリスマスだよ?」
「クリスマスだけど・・・?」

話が互いに見えない様子でアレックスと英二が顔を見合わせていると横から遠慮がちにボーンズが口を挟んだ。

「だって、日本に家族いるんだろう?」
「いるよ?・・・・・あぁ!」

ようやく話が見えたという感じで英二が声を上げる。

「クリスマスだからって帰らないよー。日本人だもの。あぁ、でもこっちはそうか。・・・あぁ、そっか」

一人で得心した様子で英二が呟くところにアレックスとボーンズ、いつの間にかドーナッツの手を止めていたコングの声が重なる。

「帰らないんだな!?」
「帰らねぇの!?」
「英二、こっちにいるのか?」
「え。あぁ、うん。帰らないよ」

3人の勢いに押されて英二が戸惑い気味に返す。
ほっと大きなため息をついて安心した表情を浮かべるアレックスに「なーんだ。心配なかったな」と呟くボーンズに英二は首を傾げた。

「いやいや、よかったわ。なんか問題も解決したわ」

英二の肩をぽんぽんと叩いてアレックスが笑顔を見せる。

「?あぁ、なんかよく分からないけど、よかったね」
「おう。あ、お前、きっとボスも近くで待ってるんじゃねぇの?」
「あ、そうだった。じゃ、僕、もう行くね」

軽く片手を上げて背を向ける英二にコングが声を掛けた。

「英二、帰らないんだったら、おれたちの集まりに」
「来る?」と最後まで言う前に「いてぇ!」という大きな声に変った。ボーンズがコングの足を蹴ったらしい。
少し振り返った英二にアレックスも手を上げて答える。

「なんでもねぇよ。ボス待たせんなよ。急ぎな」

2017年12月10日

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