Silent Night 06

食事をしていたホテルのダイニングから部屋へ戻るまでアッシュはずっと無言だった。
アッシュの背を見ながら、英二はアッシュがどこかへ行ってしまうのではないかと不安になる。
あのときもそうだった。戦いの場へと向かうアッシュは英二に優しくして、何も言わずに離れて行こうとした。
アッシュはまた、英二の知らぬところで一人で答えを出してしまって、一人で全てを決めてしまおうとしているのではないか。
アッシュが悩むのなら、一緒に悩みたい。
今度は離さない。一緒に答えを出したい。そのためにここに帰って来たのだから。
英二はきゅっと唇を噛み締めると少し先を歩くアッシュの横へと並んだ。

ホテルの中、大して遠くもないダイニングから部屋への距離が長く感じられた。
アッシュがドアを閉めて、カチャリと音を立てて、鍵を掛ける音が耳に響いた。

「座れよ」

部屋の中央で所在なく立っていた英二は窓の傍に置かれたコーヒーテーブルに向かい合っている椅子へ座るよう勧められた。

「・・・うん」

促されるまま椅子に座ったが、先に座ったアッシュは窓の外へ視線を向けている。
深く積もった雪が一片の足跡もなく広がり、その少し先にはまとまって常緑樹が並んでいるのが窓から見える。
部屋の灯りは点けられなかったが、雪面は月光を増殖させ、部屋の中にも優しい光を届けていた。
時間にしたら、たいした時間ではないはずなのに、アッシュが口を開くのを待っている英二にはひどく長い時間だった。

「・・・英二はやっぱり日本に帰った方がいいとは思っているんだ」

アッシュは視線を窓の外へ向けたまま、ぽつりと呟いた。その声は小さく、頼りなさげだった。

「まだ、そんなことを!」

アッシュの言葉に英二は両手をテーブルに突いて、身を乗り出し、英二にしては珍しく大きな声を出した。

「・・・最後まで聞けよ」

横を向いたままだったが、アッシュは目を伏せたまま、ふっと笑ったようだった。
英二の大きな声にも拘わらず、続けるアッシュの声は静かで、英二は身を乗り出したものの、すとんと再度、椅子に腰を下ろした。

「オレといると、お前は自由に外にも出られない」
「・・・そんなこと・・・ないよ」
「そんなことあるだろ。オレと一緒にいることで危険な目に合うことだってなくはない。今回だって、ホームタウンから離れてしまっていいのかとても悩んだ。オレは結構気が小さいんだぜ?」

ふっと笑うアッシュがひどく儚げに見えて、英二はアッシュが消えてしまわないように思わず手を伸ばそうとした。

「オレと一緒に居て、幸せなはずないんだ。今日のように生き生きとしているお前を見て、日頃、お前を押さえつけてしまっているんだと実感させられた」

アッシュは言葉を切るとようやく前を向いて、正面からまっすぐ英二の目を見つめた。

「・・・それでも、オレはお前に『日本に帰れ』って言えないんだ」
「・・・え?」
「オレから離れれば、お前は幸せになれるのを分かっていて、オレはお前を離したくないんだ。遠くからお前の幸せをただ祈ることだってできるのに。自分の気持ちが分からなくて困った」

思いつめていた想いを吐き出すアッシュはいつもにも増して饒舌だ。
アッシュの明るい緑の瞳が窓から入る月の光を受けて、光が不足している部屋の中、翡翠の瞳は明るく輝いて見える。英二はアッシュの瞳に魅入られたまま訊いた。

「・・・もう、分かったの?」

アッシュの雰囲気に呑まれたのか英二の声が掠れる。

「あぁ・・・たぶん・・・」

アッシュの瞳が近付いてくる。瞳の虹彩は緑だけじゃなくて、淡いブラウン、加減によって赤く見える部分、色々な色が混ざり合って、瞳の中に虹が見える。

(あ、まつげも金色なんだ)

アッシュから目が離せなかった。英二が瞳を見つめたまま、ぼんやりと考えているうちにアッシュの顏が近付いて来て、少し顏を傾けたと思うと触れるようにそっとアッシュの唇が英二の唇に触れた。

「たぶん・・・オレはお前のことが好きなんだ」

2014年3月30日

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