Silent Night 07

「・・・え?」

英二が反応できないでいるうちに顏が離れて行ったと思うとアッシュの静かな声が室内に響いた。

「いつでもお前のことが気になる。笑っていても、泣いていても。目の届くところにお前がいないとダメなんだ」

静かだがはっきりとしたアッシュの声が耳にこだまする。

「オレは自分からお前に帰れと言えない。・・・自分の気持ちに気付いてしまったから」

そこまで話すとアッシュは視線を逸らして、伏し目がちになった。

「自由にしてやるべきだって分かってはいるけど、自分から断ち切る勇気がないんだ。自分の気持ちに気付いてから、ずっと悩んだ。お前に伝えるべきか、どうか。この旅行が決まった時、最初は伝える気でいたけど、ここに着いてからはやっぱり迷った。でも、お前がオレの様子がおかしいと気づくくらいだったら、伝えるべきだと思った。」

吐き出すように一気に話したと思うと、優しさを湛えた目で英二を見つめた。

「別に何か答えなくちゃとか思わなくてもいいんだぜ?オレが伝えたかっただけだから」

ふっと息を吐いて目を伏せた英二の表情から答えを読み取ったアッシュは自嘲するように笑った。

「あぁ、いいんだ。それが普通だ。お前が困るのを分かっていて、こんな話をして悪かったな。後は聞かなかったことにするなり、日本に帰るなり、お前の好きにしていい」

話は終わったとばかりに両膝に手を突いて、椅子から立ち上がろうとしたアッシュの腕を英二が掴んだ。

「・・・なよ・・・」
「え?」
「・・・一人で勝手に話を完結しないでくれよ・・・」
「英二・・・」

英二はすっと顏を上げたと思うと猛然と抗議し始めた。アッシュが驚いて見ると眉根を寄せた英二の目元は赤く染まっていた。

「君はいつでも一方的なんだよ!前もそうさ!」
「前?」
「そうだよ。刑務所でも・・・いきなり・・・その」
「刑務所?」

言いづらそうに言い淀んだ後、顏を背けて俯いてしまう。

「僕にキスしたじゃないか!」
「あ、あれは・・・」

人知れずメッセージを伝えるがための手段だったので、あの話が今、ここの場で出るとは思わなかった。
思わぬ展開にアッシュが面食らっている間にも英二は続ける。

「君には何でもないことだったかもしれないけど、密かに僕は悩んだんだよ?色々僕なりに納得してみたのに・・・それを・・・今、また一方的にキスした挙句に忘れてもいい、って本当に君は勝手だよ!」

何と声を掛けていいのか迷ったアッシュの耳に届いた英二の微かな声。

「・・・君が悩んだように僕にも時間をくれてもいいだろう?」
「・・・英二」

ようやく顏を上げた英二は目元は濡れていたが眉を寄せたまま笑った。

「昼の間、様子のおかしい君を見て、僕は君がまた僕から離れて行ってしまうんじゃないかと心落ち着かなかったよ。・・・なんか安心したら、ちょっと・・・」
「・・・悪かった・・・」

アッシュはそっと手を伸ばして、英二の頭を撫でた。

「・・・嫌じゃないんだ」
「え?」

頭を撫でるアッシュの手に自分の手を添えて、英二がぽそりと零す。

「刑務所のときも、さっきも・・・嫌じゃなかったんだよ。嫌じゃない自分の気持ちが分からなくて、困惑しているんだ」

それって。

「君と離れるなんて、選択肢はないよ・・・。でも、君は男だし、僕だって男だし・・・でも、嫌じゃなかったんだ」

「嫌じゃなかった」と繰り返す英二の声が小さくなっていく一方で、先程までとは違う意味で胸の鼓動が大きくなってくる。
これは。・・・もしかすると。
先程まで死にかけていた心が息を吹き返すのが感じられる。
添えられた英二の手を今度はそっと握り込んだ。

「・・・・・・それって、好きってことじゃねぇの?」

「え?」

握り込んだ英二の両手をテーブル越しにぐっと引き寄せる。
バランスを崩した英二がアッシュの胸へと飛び込んでくる。

「わわっ」
「好きでもない相手にこんな風に抱き込まれたら、普通は突き飛ばしているよ。オレなら殴っているな」

非常に近い距離で目を細めたアッシュの瞳は艶めいていて、英二はたどたどしく返すのでいっぱいだった。

「・・・そ、そんなこと・・・分からないだろ・・・」
「じゃ、嫌か?」
「・・・嫌じゃないけど・・・」

間を置いて返ってきた英二の言葉に満足して、アッシュは更に目を細め、口角を上げる。
すっと手を離して、英二の体はぎゅっと抱きしめられ、英二の耳元にアッシュの吐息が掛かった。

「嫌じゃなかったら、これからも傍にいてくれるか?」
「最初から一緒にいるって言ってるだろ!」

英二の頬に熱が集まる。

「よかった」

2014年4月17日

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