Silent Night 04

冬の凛とした空気の中、晴れ渡った空は青が目に眩しく、車内に差し込む陽射しに英二はこくりと眠り込みそうになって、軽く頭を振った。

「着くまで寝ていれば?」

英二の動く気配に正面を見たまま、アッシュが声を掛ける。
人に運転させておいて自分だけ気持ちよく眠り込みそうになったことに軽い罪悪感を感じて、眠気を振り払うように運転席でハンドルを握る男に返事を返した。

「大丈夫、少しウトウトしただけだよ。それより、君、楽しそうだね」
「・・・黙って寝てろよ」

英二は思ったままを言っただけなのに、アッシュの頬にさっと赤みが差した。

(あ、拗ねたかな)

車でマンハッタンを出てからそろそろ2時間。とてつもなく広大に感じていた都会も少し走ればあっという間に都会ではなくなり、自然いっぱいの風景に変わっていた。
綺麗に舗装された広い道路をひたすら北上すると次第に湖やら常緑樹の山々が目に入るようになり、目的地が近いことを教えてくれる。
ハンドルを握る男と言えば、つい1週間前にはこんなものは貰えないと言い放ったのも忘れたのか、今やすっかり上機嫌で眩しい日差しを避けるために真っ黒のサングラスを掛けて、オーディオから流れる音楽に合わせて、ハンドルを握る指がリズムを取っていたのを英二は知っている。
それだけで寒くないのかと突っ込みたくなるような薄手の真っ白のセーターにサングラスを掛けただけなのに、キラキラと陽射しに光を乱反射するブロンドも華を添えて、非常に絵になっている。

「なんだよ?」

片眉上げて怪訝な顔したアッシュが英二の方をちらりと見た。
ついじっと見てしまったが視線を感じたらしい。

「いいや、別に」

レンタルしてきたワゴンにどこで調達してきたのか、スキーの板やら、スキーウェアが積まれているのは知っている。
これから行く先はマンハッタンから比較的近くて、冬はスキーで人気らしい。
機嫌のよさそうなアッシュを見ていると「最初は『行かない』なんていったくせに」と突っ込んでやりたい気持ちに駆られたが、アッシュが楽しそうにしているのはいいことだと思って、英二は自分が大人になることにした。

(なんといっても僕の方が年上だからね。スキーでこんなにはしゃぐなんて、アッシュもまだまだ子供だな)

「変な奴」

心の中でふふんと自己満足に浸って、澄まし顏で答えた英二にアッシュはくすりと笑うと更にアクセルを踏み込んで、空いている道を加速して進めた。



「さっむ〜」

バタンと車のドアを閉めて、車外に出た英二はダウンの襟元を合わせて、身を縮込ませた。
冬の空気が頬を刺すようだったが、冬の透き渡った空気には清々しさを感じる。
山も間近に見えて、遠目に人が滑り降りてくるのも見える。

「英二」

呼ばれた声に振り返るとポンと二人の荷物が詰められた大きい黒いバッグを投げられて、キャッチする。
ロッジ風のホテルの前に止めた車の後部のドアを開けて、アッシュが荷物を取り出している。
改めてホテルを見上げるとログハウス風の造りで、クリスマスということを考え合わせるとサンタクロースでも住んでいそうなかわいい佇まいだ。

「ほら、行くぞ」

アッシュはポンと英二の頭に手を乗せると英二を追い越してホテルの入り口へと歩いて行く。英二も抱えていたバッグを手に提げ直して慌てて後を追う。
追って入った先は吹き抜けのロビーになっていて、アッシュはこちらに背を向けて、既にカウンター越しに受付を受けている。
アッシュの横に並んで、受付をしてくれている相手の顔を見ると白い髭をたくわえた人のよさそうな男性がアッシュに紙を指し示しながら、記入する箇所を説明していた。
アレックスの情報では、小さいながらも豪華な一方で、家族で取り回していることもあって、家族的な雰囲気のホテルらしいから、この男性がオーナーなのだろう。
少しすると書き終えたのか、老人がカウンターを回って出て来ると部屋の鍵を片手に先に歩き出した。
豪華ホテルではないのでエレベーターはなく、L字に折れた木の階段を上がり、突き当たった廊下を左に折れて、前を歩く老人の後を付いて行く。老人が重厚そうなドアを開けて、アッシュを先に部屋へ入れた。部屋の中を案内して、何やら話したと思うと部屋の鍵をアッシュに渡して、部屋の外へ出てくる。
途端、アッシュの顏が珍しく、困惑顏になった。

「あ、あの!」
「それじゃ、これで」

少し耳が遠いらしく、アッシュの様子には気づかずに、にこにこと笑って階下へと戻って行った。

「まいったな」

小さな声を発したと思うとアッシュは片手で口元を塞いで、戸惑った様子で部屋の入り口に佇んだままだった。

2013年12月23日

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