Wish in childfood 03

アッシュは途中、どうやって帰って来たのか記憶にないまま、部屋へと辿り着いていた。
定位置のソファへとどさりと背中を投げ出して、天井を仰いだ。
手の平を天井へと向けた手で目元を隠して、息を吐く。
出掛けた先で食材を買い込んで、恐らく彼女の家なのだろう、二人で入って行くのはもう決定的だった。
疑いようもない深い間柄を思い知らされた。

「はっ」

思わず、笑いが漏れた。
自分はなぜこんなに動揺しているのだろうか。
英二だって、年頃の男だ。女の子と知り合うこともあれば、親しくなることもあるだろう。
・・・そう付き合うことだって。

「・・・オレは・・・英二のことを好きなのか?」

誰もいない、しんとしたリビングで声に出して自問する。
動揺が一旦収まってしまえば、英二と共にアパートへと消えて行った彼女へ抑えようもない嫉妬を感じていた。
アッシュは英二と深い仲の女の子が居たことに胸を掻き毟られるような焦燥を自覚して、そんな自分へ驚きを感じると共に妙に納得もしていた。
・・・好きなんだ。
これまで英二が傍にいることで安らぎを感じていたのも分かっていたし、憤りを感じて、体の震えが止まらないときも英二が優しく抱き締めてくれるだけで、震えは簡単に収まった。
自分にとって英二が特別な存在であるのは分かっていたが、こんな独占欲を感じることには驚いた。
アッシュはゲイでもないし、むしろ、これまで男たちにいいように扱われてきたことを考えると自分でも男を好きになるとは思わなかったが、英二が好きなのだろうという想像はすとんと腹に落ちて来たし、気づいてしまえば、疑問はなかった。

今度は声に出さずに口元で薄く笑う。
自分の気持ちを自覚した日に失恋とは笑える。
英二とあの女の子は付き合っているのだろう。
それも既にかなり親しく。
二人で食材を買い込み、家に行くほどには。
英二に彼女がいることに気が付いたのが、自分の気持ちを自覚したばかりで助かった。
想いが成長してしまってからでは、こんなに冷静ではいられなかったかもしれない。

(英二はいつ打ち明けてくれるのだろうか。)

ソファに横になったまま、天井をぼんやり見上げて考える。
自然に「おめでとう」と言えるだろうか。
まとまらない思考のまま、どのくらい時間が過ぎたのか、玄関の方から鍵を差し込む音が聞こえて、アッシュはびくっとして、ソファから飛び起きた。
壁に掛かった時計を見て、帰宅してから随分時間が過ぎたことに気付いた。
窓の外を見れば、高かった陽もだいぶ傾いている。
どんな顏をして英二を迎えればいいのか分からないうちに、鍵を開ける音がして、英二が入って来る音がした。

「アッシュ、いるの?」

廊下の方からこちらを窺うようにおずおずとした声で英二が問い掛ける。

「・・・あ、あぁ」

普通に返事をしようとしたはずなのに、声は喉に貼り付いてしまったかのように、うまく出てくれない。

「あ!いるんだね!」

妙にびっくりした声で英二が答えて、まっすぐリビングに入ってくるのかと思いきや、一旦、キッチンの方へと直接入って、しばらく、もぞもぞしている音をさせたかと思うと、ようやく、リビングへ入ってきた。

「あ、アッシュ。早かったね。・・・遅くなるんじゃなかったっけ?」

英二はバツが悪そうに訊いてくる。
そうだった。
アッシュは英二の行先が知りたくて、出掛けやすいようにいかにも遅くなることを仄めかして出掛けたのだから、先にアッシュが帰って来ていて、驚いているのだろう。

「あぁ・・・。予定が変わったんだ」

ようやく最小限の言葉だけ吐き出してアッシュは黙り込んだ。

「・・・そうなんだ」

隠し事の現場を押さえられた英二も言葉少なに返事をした後、嘘を咎められた子供がするように、頬を赤く染めて、もじもじと居心地悪そうにやはり押し黙った。
長い沈黙ではなかったが、先に耐え切れなくなったのはアッシュだった。

「英二」
「・・・なに?」

英二の隠していたことを暴いてしまったことに対する後ろめたさと、英二が自分への気遣いで彼女の存在を隠させているという申し訳なさもあって、アッシュははっきり明らかにしてしまおうと思った。
なにより、自分の想いの息の根を止めるためだったのかもしれない。
アッシュはソファに投げ出したままだった足をソファから下ろして、上半身を捻って、立ったままの英二の目をまっすぐに見つめた。

「なんか、オレに隠していることがあるだろ?」

2013年8月10日

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