Wish in childfood 04

英二の体がぎくりとして、露骨に傾いだ。

「な、何を?って言うか、ないよ!」

明らかに動揺した顏だ。
アッシュはソファから立ち上がり、リビングへ入ってきた英二へと向かい合って、ふっと息を吐き出した。

「そんなに隠すことないだろ。知ってるんだぜ」

英二の目をまっすぐに見て、静かに言うアッシュに、英二は目を左右へと泳がせる。二人の間に降りた一瞬の沈黙。そして、数回瞬きをした後、「くぅ」と小さく唸ると突然、

「あぁ〜。もう。君には隠し事はできないんだな」

と大きなため息と共に漏らされた。
アッシュはそっと瞼を伏せた。
分かっていたことではあったが、本人の口で止めを刺されるのはアッシュもやはり怖かった。
英二の顔をきちんと見なくてはと思う一方で、どうしても直視できずに、思わず、きゅっと目を瞑ってしまった。
目の前から、すっと英二の気配が消えたことに気付いて、アッシュが恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、キッチン続きのカウンターの向こうに英二の黒髪がひょこひょこと動くのが見える。

「英二?」

がさごそと音がした後、英二がキッチンから現れた。
手にしているのは英二の肩幅くらいはある大きな箱。
英二から彼女がいるという告白を聞くとばかり思っていたアッシュには、先程の話の流れから、突然箱を持って現れた英二の行動が分からない。
アッシュは状況が理解できずに呆けてしまったままだったが、英二はそんなアッシュの様子には気づかずに眉をハの字にして笑った。

「せっかく、君を驚かせたかったのに」
「え」

「Happy Birthday, Ash」

英二はにっこりと微笑んでだいぶ様になってきた発音でアッシュを祝う。
アッシュは零れ落ちそうなほど、大きく目を見開いて、英二を見つめた。
明るい緑の瞳に少し傾きかけた陽が滲んで、英二にはアッシュの目が潤んでいるようにも見えた。

(泣いてる?)

英二はリビングに置かれたテーブルに手にしていた箱を置くと蓋をそっと両手で持ち上げた。

「ほら」

嬉しそうに英二が見せた箱の中身は全体が薄いグリーンに彩られた大きなケーキ。
思ってなかった展開にアッシュが言葉もないまま、テーブルへと寄って、英二と並んで上からケーキを覗き込んだ。

「英二・・・」
「これにはさすがの君も驚いただろう?これを作るの、結構大変だったんだぜ?」

アッシュの反応に気をよくした英二は得意げになって、人差し指で鼻の下を擦り上げた。
全体が薄いグリーンのケーキの上面には色づけされたチョコレートで黄色い髪の少年が描かれている。その顔は笑顔で幸せそうだ。
その上部には“Happy Birthday, Ash!!”と書かれたホワイトチョコの板も乗っている。

「どうして、これを・・・?」

ようやく絞り出した声でアッシュが訊くと英二は更に嬉しそうな笑顔で答えた。

「君、去年の誕生日に言ってたじゃないか。小さい頃にお兄さんにケーキを買ってきてもらうのが嬉しかった一方で、友達の家では母親に友達の顔の描かれたケーキを作ってもらって、お祝いしているのがとても羨ましかったって」
「そんなこと・・・」

まだ覚えていたのか。
そして、それを叶えてくれたのか。
本当に英二は色んな驚きを連れてくる。
向こう見ずな英二の行動に驚かされるのは勘弁だったが、こういう驚きは悪くないのかもしれない。
ただ・・・どう反応していいのか、まだ、ちょっと慣れない。

「ははぁ、君、あまりに嬉しくて泣きそうになってるな」

いたずらが成功した子供のような顔をして英二が覗き込んでくる。

「ばっ、馬鹿。誰が泣くか!」

あまりの驚きに目頭が熱くなったアッシュは英二に顏を見られないように、ぷいっと顏を背けて、減らず口を利く。
今、英二と目を合わせたら、うっかり涙も出てしまうかもしれない。

「あまりに子供向けのケーキだから、驚いたんだよ!」
「悪かったね」

英二が横目で軽く睨む。
まずい。
英二にはうまく誤魔化せているのだろうか。
今日は地獄から天国へとアップダウンが激しすぎる。

「それにしても、やっぱり、僕が出掛けていたのはバレてたんだね。サプライズのつもりだったんだけどなぁ」

ため息と共に英二が少し悔しそうに言う。
英二はどうやら、アッシュに内緒で出掛けていたこととケーキを用意していたことの両方がバレていたと勘違いしているらしい。

「去年、君から話を聞いて、今年は顏の描かれたケーキを用意しようと思っていたんだ。でも、君の似顔絵のケーキを作ってもらおうにも君の写真をケーキ屋と言えども預けるのに、躊躇があったからさぁ。そしたら、自分で作るしかないじゃないか」

英二はそう言って、最後は少し口を尖らせた。

「だから、ミセス・オーエンのお孫さんはお菓子作りが得意だって言うから紹介してもらったんだ」

今度は黒い瞳を優しく細めてアッシュを見つめる英二に、アッシュはようやく全てのことに納得がいった。

(あぁ。そういうことか)

英二から時折匂った甘い匂いはケーキ作りの過程で移ったものだったのか。
英二と仲良くスーパーで買い物をしていたのは、ケーキ作りを教えてくれるミセス・オーエンの孫。
出掛ける英二の足取りが軽かったのは、今日は実際にアッシュにあげるケーキを作る日だったから。
胸の辺りがほんのりと温かい。

英二はキッチンへと回って、カチャカチャと音をさせている。
ケーキを取り分ける皿でも用意しているらしい。
英二はキッチン続きのカウンターの上から、ひょいっと顏を出してアッシュに指示する。

「アッシュ!ぼさっと立ってないでコーヒーでも淹れてよ」
「なんだよ。今日はオレの誕生日なんだろ?」

ようやくアッシュにいつもの調子が出て来る。

「そうだよ。だから、早く用意をして二人でお祝いしよう」

カウンターの上で両肘を付いて英二はにっこり微笑んだ。
キッチンへと引っ込んだ英二の声だけが聞こえてくる。

「そのグリーン全体はメロンを敷いてあるんだよ。薄くゼリーでコーティングしていてね」

英二に言われて、素直にコーヒーメーカーをセットしながら、アッシュは一言挟む。

「それにしても、このオレの顔。描いたのはオニイチャンか?」
「・・・そうだよ」
「ぷっ。下手だな」

顏をくしゃっとさせて笑うアッシュにキッチンから皿とフォークを携えた英二が通りがけにアッシュの横腹に拳でパンチをしていく。

「言うなよ。・・・僕だってそう思っているんだから。『オレはもっとカッコいい』って言いたいんだろ?」

英二のその言葉に腹を抱えて、一層、笑い出したアッシュに英二はべーっと舌を出す。

「いいから、早くおいでよ、アッシュ」

二人は笑いながら、テーブルへと付く。
今日、気づいた想いもひとまず横に置いておいて、まずは英二の優しさに包まれたい。
1年掛かりで自分のために用意された誕生日を楽しむのはアッシュだけの特権。
気づいたばかりの想いはこれからゆっくり育てればいい。

「英二、ありがとう」

アッシュの口元が優しい弧を描いた。
今日はアッシュの一番大切な人が自分の生まれたことを祝ってくれる日であることに加えて、その大切な人がアッシュの子供の頃の夢を叶えてくれた日にもなった。


Happy Birthday, Ash!


2013年8月12日
少し駆け足気味で詰め込み過ぎた。もう少し丁寧に書けばよかった。

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