Sakura blooming 04

広くシートが敷かれた中、チャイニーズもリンクスも少し離れたところで、まとまって飲み騒いでいて、ストリートキッズではないジェシカも寝入ったままのマックスのお腹に自分のストールを掛けてあげながら、バナナフィッシュの一連の中で顔見知りになったリンクスと話している。
全ての風景が遠く感じられ、春の陽射しの中、桜に囲まれて、アッシュと二人だけになったような錯覚を覚える。
平和で穏やかな風景。

桜の花びらがひらひらと舞い降りて来て、現実感が薄れていく。
英二がぼんやりとアッシュの髪を梳いて撫でていると、不意にアッシュが口を開いた。

「ガキは“ハタチ”になってから出直せ」

ざわざわと周囲の喧騒が戻ってきて、現実に引き戻される。
英二が驚いて膝の上のアッシュを見遣ると薄く開いた瞼で明るい翡翠色の瞳を覗かせながら、少し眉根を寄せてアッシュが英二を見上げていた。

「アッシュ!起きていたの!?」
「あいつがうるさいから目が覚めたんだ」

アッシュは不満そうに口を尖らせた。
そして、再度、「“ハタチ”にもならないガキのくせに」と毒づいた。
以前、花見の話をしている際に英二が漏らした日本語の“ハタチ”を覚えていたらしい。
「君だって、ついこの前の誕生日でハタチになったばかりじゃないか」と言えば、アッシュが不機嫌になるのは目に見えているので、英二は喉まで出掛った言葉を飲み込んで、アッシュの続きの言葉を待った。

「だから、あいつの世話になるのは嫌だったんだ。でも、お前が花見、花見ってうるさいから」

拗ねるように言って、英二の腰に回したままの腕にぎゅっと力を入れたアッシュのいつにない行動に、英二は軽く目を瞠った。

(珍しい。まだ酔ってるのかな)

「でも、僕はすごく楽しいよ。それじゃ、代わりに、夜には二人で静かにセントラルパークにでも夜桜を見に行こうか」

英二が優しく笑い掛けながら、アッシュのさらさらした金の髪を梳いて誘うと、アッシュも嬉しそうに口元を綻ばせた。

「それはいい提案だな」
「でも、アッシュ、あんなに飲んで頭痛くないかい?それに・・・さっきのは酔っぱらっていたの?」

言い淀んだ英二がシンが缶を投げつける前までのくだりを聞こうとすると、アッシュは未だ微睡んだ瞳をわずかに射した木漏れ日に明るいグリーンに煌めかせて、英二を不思議そうに見上げた。

「“さっき”って?」
「・・・・・覚えてないならいいんだ」

(なぁんだ、やっぱり、酔っぱらってたのか)

アッシュが覚えてなかったことに英二は幾分落胆しながら、笑って、アッシュのあたまをよしよしと宥めるように撫でた。

「アッシュ、そろそろ起きなくていいのかい?あのアッシュ・リンクスのこんなところを見たら、皆、びっくりするよ?」

未だ英二の腰に腕を回したままのアッシュに気付いて、英二は周囲の目があったことを思い出した。

「いいんだ。もう少し」

更に腕にぎゅっと力を入れたアッシュに英二は苦笑した。

(まるで子供みたいだな。本当にまだ酔っているのかな)

二人の間に静寂が訪れた。風が穏やかに頬を撫でる。春らしい暖かさに瞼が重たくなってくる。

(段々眠くなってきたかも)

英二が会話はすっかり終わったと思うには十分の沈黙の後、おもむろにアッシュが口を開いた。

「酒の力で日頃のタガが外れるってこともあるだろう?」

唐突なアッシュの言葉に驚いた英二が、伏せて顏がよく見えないアッシュの顔を覗き込もうとするとやんわりとアッシュの手に阻まれた。

「本当にきれいだったんだ」

(思わず手を伸ばしたくなるほど)

下を向いてしまったことで籠ったアッシュの声がぽそりと聞こえた。

「・・・・・・なんだよ、覚えてるんじゃないか」

英二は顏を赤らめて、アッシュの髪をくしゃくしゃっと掻き回した。

「やめろよ、オニイチャン」

顏を上げたアッシュは、少し唇を突き出して不満を訴えた。その顔はいつもと違って、少年の顔だった。

「あんなことして、皆にバレたらどうするのさ」
「俺は別に構わないって言っているだろ?」

たしなめる英二にアッシュはしらっと応える。
即答したアッシュに英二は「うっ」と言葉を詰まらせたが、アッシュは下から英二の顔を覗き込んで、悪戯そうに瞳を輝かせた。

「いい加減、観念しろよ、オニイチャン」
「・・・もう少し時間をくれよ・・・・・って、最近、君、ナマイキだぞ」

英二が再度アッシュの髪を悔しそうにかき乱すとアッシュは「やめろったら」と手で遮ろうとするが、その顔は楽しそうだ。
桜の花びらがひらひらと風に吹かれて、木漏れ日に煌めくアッシュのブロンドにも1枚舞い降りた。

2013年5月11日

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