Sakura blooming 03

マンハッタンの中心地からは離れていたが、案内された庭には1本や2本どころではなく纏まって植えられた桜が満開だった。
中国風の庭の一角とはいえ、花見するには十分だ。
当たり前だが、個人の庭なので混雑もしていないし、芝の手入れも行き届いていて、食べ物まで用意してもらって、英二が想像していたよりも贅沢な花見となった。

花見はしたいけど、ユーシスが協力してくれるとはとても思えない英二はアッシュの提案に難色を示した。
躊躇した英二にアッシュは一言言った。

「なんだかんだと言って、ユーシスはシンには甘いと思うぜ。シンが頼み込めば了承するだろ」


英二の相談にシンは言うまでもなく、乗り気になって話を聞いて、準備してくれた。
庭を提供してくれるだけなく、食べ物も用意してくれるとなって、何を用意したらいいのか、何を食べるのか、シンは嬉しそうに英二と相談をした。但し、相談はアッシュと英二の家で。それがアッシュが出した条件。
シンは嫌そうな顔をしたものの、英二と相談という餌に釣られて、何度となく通ってきた。
アッシュは興味なさそうに相談に参加することなく、ソファでテレビを見ていたのは勿論、面白くなさそうな顔をしていたのは言うまでもない。


「それにしても、ほんと、よくユーシスが庭を貸してくれたね。僕はダメ元で相談してみたんだけどね」
「いや、最初は断られたんだよ、勿論。『なんで僕の庭にどこの者とも分からんものを入れなきゃいけない』って」

「でも」と不思議そうな顔でシンは続けた。

「英二から聞いた花見の詳細を話しているうちに許可してくれたんだ。あれを見ると若様も参加したかったということかな」

“あれ”で指差した先には元々の庭の風景に馴染む中国風のテーブルやら椅子が置かれていて、シートの上で大騒ぎをしている一団から少し距離を置いて、ユーシスが花見を愉しんでいる。
黒いスーツに身を包んだ男が2人ほど近くに控え、本人は春に相応しい空の青を薄く溶かしたような薄い空色のチャイナ服を着て、優雅に椅子に座っているが、そこだけ周囲の風景に溶け込まずに異空間となっている。いや、中国風の庭園に中国風のテーブルセットなので、こちらが本来で、大騒ぎの一団が異分子なのだろう。

「あれで楽しいのかよく分からないけどな」

周りの大騒ぎの宴会には入らずに、しかし、そこそこ離れすぎない位置で一人で桜を愛でながら昼食を愉しむユーシスをシンは親指で指差して、呆れた顔で言ったと思うと英二の耳に顏を寄せて囁いた。

「英二。奥の方にもっとすごい桜が植えてあるらしいんだ。二人で見に行かないか」
「え?」

周囲の喧騒でシンの提案をよく聞き取れなかった英二がもう一度聞こうと更に耳を寄せようとすると下から声が聞こえた。

「・・・ん」

シンが最後まで言い終わらぬうちに英二の膝の上で眠り込んでいていたアッシュが身じろぎして、声を漏らした。

「あ」

アッシュは態勢を変えて、英二の腰に手を回してしっかりと抱え込んでしまった。
アッシュの顔を覗き込むと眉根に少し皺を寄せているが目は固く瞑られている。まだ起きたわけではないらしい。

英二と同時に声を上げたシンは英二にしがみつくようにして眠り続けるアッシュを見て、頬にさっと朱を走らせて何か言おうとしたが、英二に先を制された。

「しぃ」

人差し指を口の前で立てて英二は小声で言った。

「まだ、寝ているから静かにしてあげて。ね」
「おーい、シン!」

それでも、シンが何か言いたそうにもぞもぞしているところで遠くの方からシンを呼ぶ声がした。
振り返れば、リンクスと同様に花見に呼ばれたチャイニーズに中の一人が手を挙げて、シンを呼んでいる。
チャイニーズの一団と英二の顔とアッシュを代わる代わるに見ているうちにもう一度呼ばれた。

「シン!」
「呼ばれているよ」

英二が優しく笑って、チャイニーズの方を指差すとシンはムスッとした顏で立ち上がった。

「あぁ・・・じゃ、また後で。・・・今、行く!」

シンが立ちあがって、それでも名残惜しそうに離れていくとアッシュと英二の二人きりになった。

2013年5月3日

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