曇りのち、晴れ 05
英二が出て行った後の店の中。
「おい、行くところってどこだよ」
向う脛を摩りながら、ボーンズがアレックスに尋ねた。
「別に行くところなんかねぇよ。お前が訊かれた店、コング、お前なら知ってるだろ?」
ニヤッと笑ったアレックスが場所を告げると、コングはドーナツを両手に持ったまま、視線を上に向けて少し考え込むと「あっ」と声を上げた。
「そう。あの辺りにはうまいプリン店があるって、女どもが話しているのを聞いたことがあるからな」
「ボスが英二の機嫌取るためにプリンなんか買うかぁ?」
ボーンズが疑わしげにアレックスを見れば、アレックスは得意げに答えた。
「買うね。っていうか、俺なら買う。相手の機嫌を取るときには甘いものだ。英二は元々甘いものが好きだし」
と言ったと思うと続けて、アレックスはどうやって女を落とすかと滔々と語りだして、コングも感心したようにドーナツを食べる手を完全に止めて、聞き入った。
アレックスなりの極意を語った後、自信満々で締め括った。
「というわけで、ボスは間違いなく英二のためプリンを買いに行ったと俺は確信している」
英二は喧嘩の原因を語ることはなかったが、ボーンズの持ってきた情報で結果として事実と遠からずなこと言い当てているのだから、アレックスはやはりリンクスのNo.2といったところなのかもしれない。
「ボスに手打ちの品を買わせる英二ってすげぇな」
「あいつ、思っているより、本当はものすごいんじゃないか?」
感心したようにアレックスを見るコングと訳知り顔で話すアレックスに、一人状況に付いていけないボーンズは情けない顏になると「何?何の話?なぁ、俺にも教えてくれよぉ」とコングの服の袖を引っ張った。
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家を出たときはどんよりしていた空も、今では雲も切れて、傾いた太陽は明日の天気を約束するように、建物の影からオレンジの光を放っている。
頭上の空も薄藍に染まり、星が姿を現しつつある。空を見上げた英二はこの日何度目かのため息を吐いた。
なんと言って入ればいいのか、分からない。
好んで引きこもっているわけでもないアッシュに「君は呑気だ」なんて言った自分にひどく後悔している。
きっと傷つけたと思う。
(素直にごめんとだけ言えばいいのかな)
そう、うだうだと考えているうちにアパートメントに着いてしまった。
暫くドアの前に佇んで、ドアを見たり、俯いたりを繰り返した後、大きく息を吸い込んで、ポケットから鍵を出し、家の鍵を開けた。
「ただいま」
奥のリビングには到底聞こえない小さな声で帰りを告げると、廊下のフックに着ていた上着を引っ掛けて、リビングへと入った。
英二が昼に出掛けたときと同じ様子でアッシュはソファに横になって、リモコンを片手にテレビを見ていた。
英二が言いにくそうに、「あの・・・」と言ったところで、アッシュが背を向けたまま言った。
「本当になかったのか、冷蔵庫の中、ちゃんと見たのか?」
「え?」
聞き返した英二にアッシュはようやく上半身だけ捻って、ソファの背に顏を載せたまま、バツが悪そうにキッチンを指差した。
「俺が食ったというプリン、よく探せよ。昼は見つけられなかっただけかもしれないだろ?」
「・・・?・・・・・・!」
最初何を言われたのか分からなかったが、言葉を反芻した後、英二は驚きを胸に向きを変えて、キッチンへと向かった。
逸る気持ちを抑えて、冷蔵庫のドアを開ける。
「うわぁ」
開いた冷蔵庫、目の前に広がるのは棚いっぱいに並べられたプリン。
そんなに広い冷蔵庫ではないのだから、昼にプリンがなかったことには疑いの余地はない。
アッシュが買ってきたのは間違いないのだが、アッシュもただ謝るというつもりではないらしい。「ごめんなさい」という気持ち以上にこれでもかと並んでいる。
「これじゃ、他の物が入れられないよ」
英二が笑い出すとリビングの方からアッシュの声がした。
「どうなんだ?あったんだろ?」
英二はくくっと笑い出して、リビングに居るアッシュに聞こえるように大きな声で伝えた。
「あったよ!」
ばたんと冷蔵庫のドアを閉めて、英二はリビングに戻るとソファに座ったまま背を向けてテレビを見ているアッシュに背後から近づいた。
「でも、昼より数が増えていたよ」
そして、小さく付け加えた。「ごめんね」と。
アッシュからも小さな声で「It’s all right」と返ってきた。
(ちゃんと謝らなくちゃ)
英二がもっと言うべき言葉を探していると不意にアッシュが上半身を捻って振り返り、英二にもう少し近寄るように手招きした。
「?」
言われるままにソファの背に肘を掛け、アッシュに近付こうと英二が腰を屈めると、アッシュは腕を伸ばして、ぐいっと英二の頭を抱えるように顏の近くに引き寄せ、英二の耳元でそっと告げた。
「寝起きが悪い。プリンを食べた。どれも、平和だからできる喧嘩だ」
そのまま、英二の頭を軽くぽんぽんと叩いて言葉を継いだ。
「楽しみに取っておいたプリン、食べちゃって悪かったな。でも、増えていただろ?」
「うん」
英二はアッシュの言葉に応えて、笑顔でアッシュの首に両腕を回した。
「アッシュ、夕焼けがきれいだったから、明日はきっと晴れるよ。早起きして、お弁当持って出掛けようか」
「勘弁してくれよ。明日こそ存分に寝かせてくれよ」
リビングの方から聞こえた声に英二は笑い出した。
曇りのち、晴れ。
きっと、明日は快晴でしょう
END
どうかな〜と思いつつも更新してきたお話ですが、どうだったでしょうか。
アッシュも英二も思い通りに動かすのは難しいですね(>ω<)
続きで書いているものとは異なって、一応、ここでの二人は恋人同士という想定なんですよ、実は。
なので、そんな二人の他愛ない喧嘩と思って読んで頂ければ嬉しいです。
(2013年4月3日コメントから)