曇りのち、晴れ 04

「英二が謝れば、ボスも許してくれると思うけどなぁ」

ドーナツを手にしたまま言うコングに英二は苦笑を浮かべた。

「そうなんだけどね」

英二が寂しげに笑ったところで、ボーンズが騒々しく店へと入ってくると、一直線にアレックスたちのいるテーブルへとやって来た。

「ふぁ〜っ、長引いたぁ。あ、英二!」
「しっ」
「あ・・・」

英二を見つけて大きな声を出したボーンズに英二は人差し指を口の前に立てて、反対の手でドーナツの並んだショーウィンドウの方を指差した。
案の定、親父は無言だったが腕を組んで、こちらを見ている。

「お、俺、オーダーしてくる」

いつもよりも更にオドオドしてボーンズは上着だけ椅子へと置くと、ドーナツの並んだガラスケースの方へと向かった。

「これさえなければ、安くて、うまい、本当にいい店なのに」と3人が3人とも心の中で思った。



ボーンズは縄張りの中での揉め事を仲裁してきた話をアレックスに一通り報告すると、

「やっぱり、ボスはすげえよなぁ。ボスが仲裁に入ると言ったら、ゴネていた相手もすぐに納得してさぁ」

と感心したように言って、まだ熱そうな湯気を立てているコーヒーのマグカップを手に取った。

「え?アッシュに会ったの?いつ?今日?」

来たばかりでアッシュと英二の喧嘩の話など知らないボーンズは勢い込んで聞く英二に不審げな顔で答えた。

「あ、あぁ。揉めていた相手が折れなくて困っていたところで、ちょうどボスが現れてさぁ」
「ボスに言われて行ったはずなのに、ボスに助けられちゃ、意味ねぇな。で、その後、ボスは?」
「いや、なんか用事があると言ってすぐに行っちゃったけど。なんか知らない店の名前を言われて、場所を知っているだけは聞かれたな」

その後、ボーンズはアレックスに他にも色々と報告しているようだったが、英二とコングが他愛のない話をしているとアレックスが唐突に英二に声を掛けた。

「英二、そろそろ帰ったらどうだ?結構、時間経ってるぜ?」
「あ、あぁ・・・うん」

帰りを促すアレックスに英二は気の乗らない返事を返した。

「お前はもう怒ってないんだろ?もう、帰れよ。俺たちもこれから行くところがあるんだ」

アレックスの言葉にボーンスが「へ?どこへ?」と言い掛けたが、向かいからアレックスに軽く蹴られて、「いてっ」と言って、テーブルへと突っ伏し、無言になった。
「帰れ、帰れ」と急き立てるアレックスを不審に思いながらも英二は「それじゃ」と言って席を立った。
店の出口へと向かう英二の背中にアレックスは声を掛けた。

「早く仲直りしてくれよ?お前と喧嘩しているとボスが怖くて、きっと誰も近づけねぇよ」

英二は振り返って、愛想笑いで応えると店を出た。

(完全に八つ当たりだったんだよなぁ)

アッシュのことを言われて苛々していたはずなのに、そのアッシュに当たるなんて最低だ。
いつもなら、すぐに謝れるのだが、言っちゃいけないことを言った気がして、なんと謝っていいのか分からない。
大きくため息を吐くと、駅へと向かい始めた。

********************

英二が知ったら、心配してまた怒りそうだが、英二が怒って出て行ってから少し後、アッシュも外へと出た。
今はその出先からの帰り。
アッシュがアパートメントの入り口で片手に買って来たものが入った袋を持ったまま、郵便受けを確認しているところで声を掛けられた。

「あなた、ウィンストンさんね?」

振り返ると神経質そうな尖った印象を与える、やや初老の女性が立っていた。こちらも帰って来たところらしく、コートを着て、バッグを腕から提げていた。
アッシュが返事をする間もなく、その女性は一方的に話し出した。

「あなたのところの中国人にも言ったんですけどね」

日本人と中国人の区別が付かないらしくジョーンズ夫人は朝方、英二に言ったのと同じ苦情を述べ立て始めた。

(あぁ。なるほど。朝の不機嫌の理由はこれか)

引っ越してきてすぐにアパートメントの入り口で出会って挨拶をしたときに、少し感じが悪かったと英二が苦笑していたのを思い出した。
大昔よりは減ったのだろうが、白人以外は認めないという人間もいなくなったわけではない。この老婦人はそういう人種の一人なのだろう。
こういう人種は差別する分、上流階級といったものには殊更弱い。
アッシュは夫人へと向き直ると営業用の極上の笑顔を見せた。

「それはお気の毒でしたね。でも、うちには鉢植えはありませんよ」

ジョーンズ夫人の苦情を最後まで黙って聞いたところで、輝くような笑顔を見せながら、上品な言葉使いで話し始めたアッシュにジョーンズ夫人は口を開いたまま、目を丸くした。

ようやく更新できました(><)
ちょっと間延びしているかもしれないですが、リンクスに受け入れられている英二が好きなので、削らず入れちゃいました(^^;)
楽しんで頂けるといいのですが。
(2013年3月30日コメントから)

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