曇りのち、晴れ 03
地下鉄に乗ること数駅。
アッシュたちのたまり場にほど近いドーナツ屋。この時間、3人がよくここに来ているのは知っている。
からん。
ドアに付けられた古びたベルが客の来店を告げた。
いつものごとく、ドーナツ屋には不似合いな体の大きい親父がじろりとこちらを睨んだ。
コングたちに誘われて一番最初にこの店に入ったときは、この怖い親父がいる店にどうして、わざわざ来るのか疑問に思ったが、親父が揚げているドーナツを食べるとすぐに納得だった。
(これは怖くても来ちゃうなぁ)
甘すぎない絶妙な味で口の中でほろほろと蕩けるように美味しい。しかも、安い。
質だけでなく、量も(むしろこちらが優先か)重視するコングが通い詰めるのはこの理由も大きいのかもしれない。
怖いと言っても、店の中で騒いだりしなければ怒られることもないので、以来、英二は一人でも来ることがある。
店に入って、店内を見渡すといつも場所に3人が居るらしいのが見えた。“居るらしい”というのは、コングが背を向けていて、英二の場所からはかろうじてアレックスの姿らしき影が見えているだけだからだ。
「コング!」
とりあえず、居るのは確実なコングの背に声を掛けた。
「お!英二」
ドーナツを手にしたままのコングが振り返った。
英二は思わず駆け寄ろうとして、背後から視線を感じて、コングに断りを入れた。
「あ、ごめん。まずはドーナツ買ってから行くよ」
「お・・・おぅ」
振り返ったコングには英二の背後の不機嫌そうな顔の店主が目に入ったのだろう、状況を理解して、愛想笑いをする英二に返事をするとドーナツの続きへと掛かるべく前へと向き直った。
チョコレートやらクリームの付いていない、一番シンプルに揚げただけのドーナツと寒い外から来たばかりの英二の心まで温めてくれそうな湯気を放つホットココアをトレイに載せて、英二はコング達のテーブルへとやってきた。
「あれ?」
テーブルの横に立つと、コングの背中に隠れて見えないだけかと思っていたボーンズは見えないのではなくて、やはり、いなかった。
「今日は二人だけ?ボーンズは?」
「あぁ・・・あいつは・・・」と言ったきり、むしゃむしゃとドーナツを頬張ることを休まないコングに変わって、アレックスが答えた。
「あいつはボスに頼まれた用事があって、後から来るよ」
「単なるお使いだよ、お使い」
「あぁ、そうなんだ」
英二は手にしていたトレイをテーブルへと置くと、椅子を少し端に寄せてくれたアレックスの隣にと座った。
「ボスは一緒じゃないのか?」
アレックスが片肘を突いたまま、左隣に座った英二にアッシュの所在を訊ねたが、英二は少しバツが悪そうに答えた。
「あ、あぁ・・・うん」
英二の歯切れの悪さにアレックスの片眉がぴくりと上がる。
「なんで?」
「やだなぁ、いつも一緒ってわけじゃないよ!」
「・・・・・・・・」
アレックスの探るような視線に、耐えかねたのか、英二は視線を逸らすとココアの入ったマグカップを両手で包んでぐいっと飲んだ。
「あちっ」
マグカップになみなみと入ったココアはまだ飲むには早かったらしい。
英二の様子を見ていたアレックスは片手で両目を覆うと大きくため息を吐くと言った。
「おいおい。勘弁してくれよ〜」
「?」
ドーナツを食べていたコングも手を止めて不思議そうな顔でアレックスを見たのはもとより、言われた本人、英二も何を言われたのか分からず、ぽかんとしてアレックスの顏を見た。
「その様子だと、ボスとなんかあったんだろう?」
「えぇ!なんで分かるの!?」
アレックスの指摘に英二は驚いて、椅子から落ちそうになる。
ただでさえ大きい目を更に大きく見開いて、アレックスをびっくりした顏でじっと見つめた。
「分かるんだよ。お前、入って来た時から顏色が冴えないし、ボスのこと聞いたら、あからさまに動揺して、目が泳ぐし」
「へぇ、俺には全然分からなかった」
感心しているコングに「お前はドーナツばかり見てるからだよ」とアレックスは返して、
「何があったのか、話してみ」
アレックスは軽くため息を吐きながら、頭を掻いて、英二に話を促した。
「喧嘩したぁ!?」
「おめぇ、勇気あるなぁ」
アレックスとコングの異口同音の驚きに英二は苦笑して、
「ま、まぁ、喧嘩というか僕が一方的に怒って出て来ちゃったんだけどね」
とマグカップを両手で持ち上げて、顏の下半分を隠した。
「一方的に怒った!?ボスを!?」
アレックスはそう言うとコングと顏を見合わせて無言になった。
「・・・それにしても、喧嘩の原因は何だったんだ?」
暫く黙った後、アレックスが英二の目を覗き込んで訊いてきた。
「え?」
アレックスの問いに英二は黙り込んだ。
表面的には原因はプリンだ。きっとアッシュもそう思っているだろう。
英二としても、喧嘩の原因はプリンだとは言いにくいが、アッシュのためにもアレックスたちに原因を明かしてはいけないような気がした。
「うーん、それは、ほら、色々・・・ね」
英二の愛想笑いをアレックスはじっと見て、不思議そうな顔をした。
「色々?」
「そ、そうだ!アッシュ、寝起きが悪いからさ、困っているんだ!」
(・・・嘘は言ってない)
アレックスの追及する視線に耐えかねて、原因の一部のみを挙げると、アレックスもコングも揃って納得したように頷いた。
「あぁ。ボーンズも殴られたことあるしなぁ」
とコングが不在のボーンズの前歯を思い起こして言えば、アレックスも
「まぁ、分かる気もするけど、ボスの寝起きの悪さについては今更だしなぁ」
と同意を示しつつも、諦めを滲ませた。
そして、感心したようにそれぞれが英二をじっと見た。
「しかし、やっぱり、寝起きのあのボスと喧嘩するとはお前、すごいなぁ」
「俺は寝起きに殴られても、やり返せねぇ」
「・・・・・・・・」
たぶん、相当何かを勘違いされている気がするものの、詳細を明かせない以上、訂正するわけにも行かない。
英二は誤魔化し笑いをしながら、話題を逸らすことにした。
「ま、まぁ、とにかく、喧嘩したものの、僕が悪かったとは思うんだけど、勢いよく出てきた手前、なんか帰りにくくてね」
英二は冷めたマグカップのココアをぐいっと飲んで、ため息を吐いた。
家を出て来た時には苛立ちでいっぱいだったが、アレックスたちと話をしているうちに気持ちも落ち着いてきた。今となっては後悔だけだ。
(ミセス・ジョーンズに言われたくらいで気にするなんて)
いやぁ、難しい、難しい。
最初はかわいい喧嘩をしてもらおうと書き始めたのに、英二が怒るシチュエーションが想像つかない〜。
英二が怒るからには何か理由があるよね。とあーでもない、こーでもないといじくりまわしたら、こんなになってしまったけど、いいのかしらと思ってます(x_x;)
でも、広げた風呂敷はちゃんと畳まないね、と自分に言い聞かせてますので、もう少しお付き合いください(^^;)
(2013年3月23日コメントから)