Holy Night 05

「アッシュ、遅いなぁ」

英二は少し曇って、薄く白くなったガラス越しに外の通りを眺めていた。

ツリーを選んだ後、デパートの中のクリスマスレーンなるツリーやら、オーナメントが見て回るだけでも大変な数が集められた集められた売り場を見て回り、散々迷って時間を掛けて、途中、アッシュには「遅ぇ」と何度言われたことか分からない。
昔からよく見るようなクラシカルタイプのもの、メタリックでカラーが統一されたもの、子供の玩具を象ったもの、種類も多く、全てが楽しく、選ぶまでに時間が掛かってしまった。

ようやく選んでデパートを出て、一息つこうと、カフェスタンドに入ったところで、買ったばかりのオーナメントを忘れてきたことに気付いた。

「どこで忘れたのか覚えてるか?」
「うーん。まっすぐここに来たつもりだから、たぶん、会計したまま、その場に忘れてきたんだと思う」

申し訳なさそうに言った英二にアッシュは安心させるように笑って、頭を撫でた。

「会計したところなら、さすがに大丈夫だろう。他の場所だったら、絶対ないぞ?取ってくるから、ここでいい子にミルク飲んでな」
「また子供扱いして!・・・・・・ごめん」

そう言ってアッシュが店から出て行ってから暫く経つ。店からそんなに離れてないカフェだから、そんなに時間は掛からないはずなんだけど。

(何かあったのかな)

通りに面した一面のガラスに表が見えるように備え付けられているカウンターで両肘をつきながら、英二は両手に持ったマグカップをふぅっと吹いた。
カフェラテにたっぷりのホイップにシナモンの粉が振ってある。シーズン毎に提供されるこのシーズンだけのメニューだ。

英二はなかなか戻らないアッシュが気になり、様子を見に行きたいものの、行き違ったら困るので、どうしたものかともじもじして、背後のドアから出ようかどうか悩んでいると、外側からガラスをコンコンと叩かれた。

「アッシュ!」

英二が驚いているうちにアッシュは店を回り込んで、ドアから中へと入ってきた。

「待たせたな」
「遅かったね。何かあったの?」

アッシュが抱えてきた紙袋を受け取りながら、英二が訊いた。

「いや。ちょっとな。後で話すよ。とりあえず、出よう」

悪戯そうに眼を煌めかせて、口の端を上げて笑ってちらっと英二を見遣り、英二の肩を抱いて立たせようとした。
英二はアッシュの笑顔に少し安心したものの、傍に寄ったアッシュの体が冷えていることに気付いた。

「君、ずいぶん、体が冷えてるよ!少し温かいものを飲んでからでもいいんじゃない?」

英二はスツールから立とうとした姿勢のまま、アッシュを見上げる恰好で、アッシュに座るよう促した。

「いや。とりあえず出よう」と首に巻いたマフラーを巻き直しながら、アッシュは先ほどと同じ言葉を繰り返した。
きっと、アッシュの言う“ちょっとな”に理由があるのだろう。
英二もそれ以上主張せずに、店を出るために、開けていたコートの前を合わせてボタンを閉めた。

「それなら、テイクアウトで持って行こう」

英二は片目を瞑ってアッシュに笑顔を向けた。
すると、

「英二、ヒゲが生えてるぞ」

アッシュにくすっと笑われて、親指で口の上を拭われた英二は赤くなって、なんとも言えない顏をした。ラテの泡が付いてたようだ。

店を出ると、ツリーを買いに家を出たときには高かった陽も落ちて、辺りは薄闇に包まれていた。
夜の藍に姿を見せ始めた星が瞬く一方で、下の方はまだ明るく、薄黄色が滲む空は美しい。黄昏時とも言うけれど、逢魔が時とも言って、心ざわつく時間帯でもある。

「こっちから帰ろうか」

アッシュはそう言って、来た方向とは逆の方に歩き出した。
何があったのか英二は気になったが、アッシュが「後で」と言うなら、きっと今は聞いても話してくれないだろう。
中心地の喧騒を離れて、人通りはあるものの、周囲は店と住宅が入り混じって立ち並ぶ、幾分静かな景色へと変わって来た。
陽が落ちると急に気温が下がって来る。英二は冷たい空気が入り込まぬよう、マフラーを巻き直した。

「さぶ。・・・あ、アッシュ。教会だよ」

2012年12月23日

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