Holy Night 06

周囲に建物が立ち並ぶ中、一部を切り取ったように、鉄柵で囲われた教会が建物と建物の間に現れた。決して大きくはないが、静かに佇み、少し時の流れを感じさせる外観は存在感がある。開いた扉からは柔らかなロウソクの光が漏れている。

「英二、入ってみるか?」
「いいの?」
「問題ないさ」

アッシュは開いている扉の中へと先に入っていく。英二もアッシュの後を追って、教会の中へと入った。

「おじゃましま〜す・・・」

観光地になっている教会ではないので、信者でもない自分が入るのを少しためらった英二は遠慮がちに小声で言ってから中へと入った。
入り口付近にはロウソクを立てる台が置かれていて、小さいロウソクがいっぱい灯されているため、足元は明るかったが、前方へと延びる通路までは光が届かない。
教会の天井は高く、全体に光が行き渡らず、内部は薄暗いが、前方の祭壇の辺りには燭台が置かれていて、そこだけ暗闇に浮かぶように神々しく明るいのが目に入った。

祭壇へと近付くと祈りを捧げていた年老いた男性と女性がちょうど祈りを終えて、二人と入れ替わるように出て行った。
入ったときは数名居た信者も出て行ってしまって、教会の中にはアッシュと英二の二人きりになった。

英二がアッシュに追い付くと、アッシュは祭壇の前で上方を見つめて佇んでいた。アッシュの視線を追った先には十字架にかけられたキリスト像が掲げられていた。
祭壇両脇に置かれた燭台のロウソクが揺らめいて、キリスト像にも揺らめく影を落とし、キリスト像がまるで生きているように見える。

(外国の人も仏像を見て、こんな気持ちになるのかな)

静寂な空気の中、英二も厳粛な気持ちでアッシュに並んで、キリスト像を見ていると、アッシュがぽつりと言った。

「さっき、ジェンキンズ警部に会ったんだ」
「え!?」

英二は驚いて、勢いよく横に並ぶアッシュへと顏を向けたが、アッシュはキリスト像を見つめたまま無表情だった。

「向こうはオレだと気づいたけど・・・オレは名乗れない・・・」

アッシュは一度、言葉を切った後、浅く息を吸い込んで付け加えた。

「・・・犯罪者だから」
「アッシュ!!」

泣きそうな顔でアッシュの名前を呼んだ英二の方をようやく、ゆっくりと振り返ったアッシュは苦しそうに眉根を寄せた。

「オレはこれからも表立って、名乗ることはできない。外出するときも、変装する必要がある」
「そんなのは今だけだよ!時間が経てば・・・」

アッシュは一度下へ向いた後、くっと顏を上げて、英二に向き直った。

「オレはお前と居て、いいのか?オレはお前を日本に帰さなくていいのか?・・・いつも、いつも、考えてしまう。お前を傍に置くのはオレのエゴなんじゃないかって」
「アッシュ・・・」

英二が掛ける言葉を失い、口を噤むと教会の中は静寂に包まれた。
アッシュにとっては長く感じられた沈黙の後、英二は静かに語り出した。

「前にも言ったけど、僕は誰かに強制されてここに居る訳じゃない。僕の意思でここに居るんだ」
「・・・英二」

英二の黒い瞳に祭壇の両脇に置かれたロウソクが映って揺らめく。瞳は強い意思を宿らせて、まっすぐにアッシュを見ている。

「これでも、大学では真面目に授業を受けていたんだけど」

急に切り替わった話に付いていけずにアッシュは不思議そうに英二の顔を見つめて、次の言葉を待った。
英二は表情をふっと緩めて続けた。

「イエスを試すために、対立する人たちが姦通した女だと言って、一人の女性を連れてくるんだ。そして、イエスがどう裁くのか、揚げ足を取ろうとして、イエスの言葉を待つんだけど、イエスが『この中で罪を犯したことのない者がこの者に石を投げなさい』と言うと、皆、何も言えなくなって去るんだ。そして、イエスもその女性を許すんだ」
「!」

アッシュがはっと息を呑んで英二の顔を見つめる。

「僕はクリスチャンじゃないから、この話が伝えたいことを正しく理解しているか自信がないけど、この話は好きだな。罪を犯してない人なんて、いないよ。・・・僕もだよ、アッシュ」

英二の声が教会内に静かに響く。

「・・・君は、僕が君のお兄さんを死に追いやったことを許してくれるかい?」
「英二!それは違う!」

アッシュは英二の両肩を掴んで、英二の言葉を否定した。

「違わないよ。君が自分を責めるのと同じように、僕も自分を責めたし、今でも悔やんでいるよ。でも、君がこうして許してくれることで、僕は幾分救われる。・・・僕も同じように君を救いたいんだ。君は時々、すごく苦しそうな顔で僕を見ることに気付いているかい?僕は君にそんな顏をさせたくて、ここに居るんじゃないんだけどな」

英二は抱えていた袋を足元に置くと、そっとアッシュを抱き締めた。

「僕は君と居たいからここに居るんだ。過去は変えられないけど、前に向かって進むことはできる。今度は、二人で幸せになってもいいだろう?」

アッシュは見開いた瞳を瞬きすることもできなかった。英二の温かさを上着越しに感じ、体からは緊張が抜けて、体中が安堵で満たされていく。

「・・・・・・言い出したら、頑固だからな。オニイチャンは」

アッシュもゆっくりと両腕を上げて、英二を抱き締め返した。

(自分の罪が簡単に許されるとは思わないけど・・・英二がそう思ってくれるなら・・・オレは少しでも・・・)

目には水分が溜まっていて、アッシュは「顏を見られなくてよかった」と思い、英二へと回した腕に一層力を入れた。

途端、二人だけの静寂な空間の時が動き出したように、教会の入り口の方からがやがやと声がしたと思うと家族連れが中へと入ってきた。

「さ、帰って、早くご飯でも食べよう。一日歩き回って、お腹空いたよ」

一度、ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れた後、体を離して、英二は片手でアッシュの肩をぽんと叩いてそう言った。
いつもと変わらぬ笑顔を向けて来る英二にアッシュは潤んだ瞳を気づかれないように「あぁ」と返事をしながら、

(二人で幸せになろうだなんて・・・まるで誓いの言葉だな)

と思い、優しい笑顔になって、教会を出た。

「アッシュ、クリスマスが終わったら次は忘年会をやろうよ」
「ボーネンカイ?」

教会の敷地から出て、家路に向かう途中で英二がにっこり笑って提案する。

「そう。忘年会。日本の伝統だよ。この1年を忘れて、新しい年を迎えるパーティーだよ」
「この1年を忘れる?」

並んで歩きながら、アッシュが横の英二を少し見下ろしながら聞き返す。

「そう、色んなことを忘れて、ぱぁっとやって、新しい気持ちで年を迎えるんだ。今の僕たちにぴったりだろう?」

艶やかな黒い瞳をアッシュに向けて英二が得意げに言う。

「・・・英二は少しは忘れない方がいいんじゃないか」

「ん?」
「英二は色んなことを覚えないからさぁ。大変なんだよ。ドアも確認する前には開けるなって何度言っても、簡単に開けるし」

眉を下げて、「やれやれ」といった顔で肩を竦めるアッシュに英二は渋い顏をした。

「・・・さっきまで泣いてたくせに・・・。立ち直りが早いったら・・・あ、こら、待て!」

一発殴ろうとして振り上げた英二の手を避けるように駆け出したアッシュを追って英二も駆け出した。

明日にはツリーも届いて、二人でクリスマスの準備をしなくては。ツリーに飾りつけをしたり、クリスマス定番の料理の下準備。やることは意外にたくさんだ。

(家族で過ごすクリスマスなんて久しぶりだな)

最後は私にしては少し長めになりました(x_x)
色々盛り込んでいると辻褄合ってるか不安なときもあるのですが、「あれ?この話、前の話と変わってない?」と見つけられたら、こっそり教えてください。こっそり、修正しますので(^^;)

今年は更新するか分からないので、ここで今年いっぱいのお礼をお伝えします。
私の萌えツボを盛り込んだ話を楽しんで頂いただけでなく、数々の感想まで頂けて、本当に嬉しかったです。
もしよかったら、こっそりでもいいんで「私はここが萌えツボです」と教えて頂けると、そこから新たな妄想が掻き立てられるかもしれないので教えてください(^^)
同好の士との話は楽しいです♪

それでは、よい年越しをされますように(^ω^)/
(2012年12月24日コメントから)

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