Happy Halloween 【after Party】後編

(それにしても・・・)

女の子たちがアッシュを探して鬱陶しいくらいにやってくるのは想定の内だった。予測していたからこその仮装だった。
想定外だったのは、英二と話そうと英二目的でやって来た者がいたことだ。
傍に居たアッシュには目もくれず(と言っても仮装によって、アッシュとは気づかなかっただろうが)、英二とばかり話し込んだ上にもっと話したいと言って連れ出そうとまでした。

(英二の奴、さっさと話を打ち切ればいいのに、いつまでも話を聞いてやりやがって)

その辺りのことを思い返すアッシュの眉間に皺が寄りつつあることに本人は気づいていない。

(しまいには、アレックスなんかに助けを求めやがって!)

その気持ちには「俺が傍に居るのに」と続くはずだが、これも本人は気づいていない。英二目当てに来た女の子がいたこと、英二がアレックスに助けを求めたことに対する不快な気持ちは自分を無視して話し込まれたことに対する不快さへと認識がすり替わっている。

ぼふっ。

勢いよく寝返りを打って、片腕を頭の下に敷きながら、その後の記憶もたぐり寄せた。

(だいたい、最後の奴はなんなんだ!?英二と話したい〜!?あいつ、絶対、ゲイだぜ!?)

アッシュは眉間の皺を一層深くして、鼻息荒く、思い返した。

(簡単に騙されやがって!)

「何やってんだよ!」

まだ騙されてもいない英二に対して、思わず怒りを声に出してしまい、アッシュは我に返った。
無言になって、再び、寝返りを打って、今度は天井を向く。

(・・・・・・でも、外に出てもっと知り合いを増やすべきなのかもな・・・)

いただけない輩は追い払う必要はあるが、もっと知り合いが多い方が英二も日常を楽しめるだろう。
店に着いて、顔見知りと言葉を交わす英二は楽しそうだった。

そう思いながら、家にばかり閉じ込めておくことに対しての申し訳なさと交友範囲を広げることのリスクをつらつらと考えているうちに、アッシュは次第に眠気を覚えてきた。
窓から入る薄いカーテン越しの陽の光がアッシュの体をぽかぽかと温めてくれる。
言われてみると、起き抜けよりは少し体温が高いような気もしてきた。頭もぼぅっとする。

(そんなに熱はねぇ・・・はず・・・・・・)

********************

「お待たせ、アッシュ」

がちゃ。

英二が剥いたリンゴと薬とコップに1杯の水をトレイに載せてやって来たときには、アッシュは寝息を立てて眠っていた。

「あれ?寝ちゃったんだね」

窓から差し込む陽の光はアッシュを優しく照らし、電気を消した部屋の中でちょうどアッシュのところを切り出したように窓の形に四角く浮かび上がらせている。そして、光がアッシュの髪で乱反射して、きらきらと光っている。
閉じた瞼からすっと伸びた長い睫毛までも金色で、きらきらと煙るように目元を彩っている。

「ほんと、眠っているときは天使みたいなのになぁ」

英二はふっと笑って、手に持ったトレイをベッド脇のサイドテーブルに置くと、サイドテーブルから紙を取り出し、さらっとペンでメモを書くとトレイに置き、そっと部屋から出た。

********************

アッシュがふと意識を覚醒させると傾いた太陽が部屋をオレンジ色に染めていた。

(眠っていたのか)

アッシュはサイドテーブルに置かれたトレイに気付いて目を向けた。
皿の上に置かれたリンゴと水の入ったコップにはラップが掛けられてある。

「あ」

リンゴの皿とコップの間に置かれたメモに気付いて、微笑みが漏れた。

(何が、“Eat me”だ)

笑いを漏らした後に、すぐに『不思議の国のアリス』を思い出し、昨晩のアリスの恰好をした女の子を連想して、アッシュは複雑な表情になった。

部屋を出て、リビングへ入ると部屋は電気も点いていない。

「なんだ?電気も点けずに」

テーブルに突っ伏したまま、眠り込んでいる英二に気が付いた。手には開いたままの本。読みながら、寝入ってしまったのだろう。

「ん?」

手元の本を覗き込むと、見開きのページにはお粥の種類が書いてある。日本語の本だが、説明書きの横に載せられた写真の料理は見たことがある。

(何を考えているのやら)

「そこまで病人じゃねぇって」

アッシュは苦笑した。

********************

「あれ?寝ちゃってたのか」

英二はダイニングに置かれたテーブルから頭を起こした。アッシュにリンゴを薬を持って行った後、お粥を作ろうと思って、お粥の種類を物色しているうちに、料理の本を開いたまま、寝入ってしまったらしい。
正直、英二もお粥はやり過ぎかと思わなくはなかったが、

「風邪と言ったら、お粥でしょ」

自分が風邪を引いたときに母に作ってもらった古い記憶を掘り起して、お粥を用意することに結論づけた。
白粥を作るのも栄養がないかと思い、再渡米する際に料理をすることになると思って持って来た料理の本を探し出して、粥のバリエーションを見て、「へぇ」とか「ふぅん」とか言っているうちに眠り込んでしまった。

「あ」

気づくと肩にはブランケットが掛けられている。
起きてきたアッシュが掛けてくれたのだと気づくのと同時に、見開きの本にメモが置いてあるのが目に入った。

「ん?“Return from Sleepy Land(眠りの国から戻っておいで)”?」

英二が残した“Eat me”のメモと眠り込んでいた英二を見て、アッシュは『不思議の国のアリス』に引っ掛けて、からかったのだ。

アッシュの世話をしようと張り切っていたのが、途中で眠り込んだ挙句に一度起きたアッシュにブランケットを掛けてもらっていた。これでは、世話をするつもりが世話を焼かせてしまったみたいだ。

(なんか恥ずかしい〜)

英二は恥ずかしさで頬を赤く染めながら、それでも、夕飯の準備をすることにした。
まだ、本調子ではないはずのアッシュのために何を作ろうかと考えながらキッチンへと向かった。

2012年12月1日

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