Happy Halloween Epilogue

「ね!?ぼくの言った通りだっただろう?」

ベッド脇に椅子を置いて、そこに座った英二は満面の笑みを浮かべている。

「・・・・・人が熱を出したのがそんなに嬉しいのか?」

ベッドに入ったアッシュがじろりと横目で睨むと英二は引きつったような愛想笑いをして、言い訳をした。

「やだなぁ、そんなことあるわけないだろう?」
「・・・・・・目が泳いでいるぞ」

思わず目を逸らしたのをアッシュにすかさず指摘される。
睨むアッシュの目は幾分潤み気味で、いつもはクールな白皙の顔も今は頬に赤みが差して、熱を測らなくとも熱があるのは明らかだ。

朝は熱っぽいだけだったのに、夕方にはしっかり熱が出てきた。朝一番に英二が「風邪かなぁ」と言ったのが結果的には当たった格好だ。それが英二には嬉しいらしい。
朝から既に看病態勢だった英二は「やっぱり風邪だっただろう?」と嬉しそうにアッシュに聞きながら、その表情は「そら見ろ」と言わんばかりだ。それがアッシュには面白くない。

「朝から風邪を見抜いていたのが嬉しいようだが、調子悪くなったのは夕方に起きてからだぜ?」

アッシュが不服そうに英二に反論する。

「またまたぁ。99度もあったじゃない」

アッシュが苦し紛れの反論をしていると見て、英二はここぞとばかりに、にやにや笑って、朝の体温を指摘した。
得意げに指摘する英二にアッシュは不思議そうに言い返す。

「99度だぜ?」

アッシュの怪訝な顔を見て、英二もにやにや笑いを引っ込め、代わりに眉尻を下げて不思議そうに聞き返す。

「・・・99度だろ?」

二人は暫し無言になり、互いの顔を見つめた後、アッシュの方が先に口火を切る恰好で英二に訊いた。

「英二、お前、平熱って何度だ?」
「え?」

英二は思いもよらぬアッシュの質問に目を瞬かせながら、視線は上方を見たまま、何やら指折り考え込む。アッシュをたっぷりと待たせた後、英二が自信なさそうに答えた。

「・・・華氏だと98度を少し切るんじゃないかな」
「低くないか!?英二、ちょっとこっちへ」

アッシュは驚いて、ベッドから上半身を起こし、傍らの椅子に座る英二を手招きして呼び寄せると、英二の額に掛かった髪を手で除けて、自分の額を当てた。

「うわっ、びっくりした」

急に近づいたアッシュの顔に驚いて、英二は声を上げたが、アッシュは気にした風もなく呟いた。

「・・・やっぱり、低い」

アッシュの突然の行動に驚きつつも、アッシュが普通に話を続けるので、英二も胸の高鳴りに気付かないふりをして返事をした。

「え〜。こんなもんだよ?僕が特に低いということはないと思うんだけどなぁ。妹も同じくらいだし、周りの友達も同じくらいだったと思うけど」

英二の周囲の人間も同じような平熱で、英二が特段低いわけではないという話を聞いて、アッシュは得心したような顔をした。

「あぁ。じゃ、日本人はオレたちよりも体温が低いんだな」

口の端を上げて言うアッシュに、英二は驚いて椅子から身を乗り出して、問い返した。

「え〜。じゃ、君たちの平熱っていくつなのさ!?」
「オレは少し低めの方だけど、それでも99度は熱が出たとは言わないな。99度って平熱だぜ?」
「・・・そういえば、君たち、僕が寒くて着込んでいても、薄着だもんね・・・これで理由が分かったよ。決して、僕が軟弱なわけじゃないってね」
「オニイチャンはか弱いからな」

にやりと笑って言ったアッシュを軽く睨んだ後、英二は以前と同じ感想を抱いて、呆れ顔になった。

(日本が戦争に負けるわけだ)

ふくれっ面になったり、急に呆れた顔でこちらを見る英二をアッシュは面白そうににやにやと見ている。
そんなアッシュを見ていて、英二はあることに気付いて、急に大きな声を出した。

「それじゃ、朝のはなんだったのさ!」

黒い瞳を大きく見開いて、今朝のことを問い質す英二にアッシュは一瞬、「しまった」という顏をした後、苦い顏をして黙り込んだ。
無言になったアッシュを英二は許してくれなさそうで、畳み掛けるように聞いてくる。

「僕が『看病する』と言ったら、『させてやる』って、君、言ったじゃないか」

英二はアッシュの顔をじっと見つめて、アッシュの言葉を待っている。
長い時間が経ったと思う程のたっぷりの無言の後にアッシュはようやく口を開いた。

「・・・・・・体温が低めのオレには99度は少しだるかったんだ」

じっとアッシュの顔をみていた英二の顔が嬉しそうに輝く。

「じゃあ、やっぱり風邪だったんじゃないか」

「やっぱり僕の見立ては間違ってなかったんだ」とか「強がりばかり言わずに、たまにはオニイチャンの言うことは聞かないと」等々、喜色満面で続ける英二をよそにアッシュは渋い顏で毛布を引き寄せ、顔半分を隠した。

(英二に看病してもらうのも悪くないと思ったからなんて、言えるわけねぇ)

最後には英二にやり込められたような気がした気もしたが、実際、今はしっかり熱が出て、体中がだるいことこの上ないので、とりあえず、今は黙ることにした。

(次からは仮病を使うのはやめよう・・・)

額に英二が水に濡らしたタオルを乗せてくれる。アッシュも毛布から顏を出して、口元で笑った。

「サンクス」

ちなみに華氏で99度は37.2℃で、華氏98度は36.7℃です(^^)
なじみがないので、99度って聞いたら、びっくりしますよね。
(2012年12月10日コメントから)

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