Happy Halloween 03

「おっ、来たな、英二!」

アレックスの声がして振り返ると、海賊の恰好をしたアレックスといつものオーバーオールに赤と青のボーダーのシャツを着て、顔中、傷だらけのメイクをしたボーンズが立っている。あれはホラー映画の怖い人形の仮装だろうか。

「英二は何の仮装だ?犬か?」
「犬じゃないよ。狼男・・・が変身した後かな?」

「なんか半端だなぁ」と突っ込むアレックスに誤魔化し笑いをして、英二はコングの方に向き直った。

「コングは・・・何の仮装?」

英二と似たような茶色の着ぐるみを着て、手にはバナナを持っている。

「キングコングの仮装だよ。着るだけだから楽だしな」

得意げに言ったコングに「何も着なくても十分、ゴリラだって・・・うえっ」と茶化す途中でいつものごとく首を絞められるボーンズのやり取りをこちらもいつものごとく放っておくアレックスが英二に不思議そうに聞いた。

「あれ?英二、ボスは?」
「いるよ、ほら」

英二より一歩下がったところに佇むアッシュを指差す。
顏が殆ど見えない上に髪の色まで変えられては自分のボスと言えども気づくのに遅れても責められないだろう。

「うわっ。ボス、いたのか?って、そんな恰好されちゃ、困ったな〜」

天井を仰いで顏を手で覆って、アレックスは嘆いた。

「なんで?」

英二が不思議そうに聞くと、アレックスは英二に向き直って、大げさに両腕を開いて力説した。

「ボスがいるのといないのじゃ、女の集まりが全然違うんだよ!今回、ボスが来るって言うから、ボス目当てに女がいっぱい来てるんだよ!」
「・・・あぁ」

(納得。ウィッグまで被ったのはそれか)

「確信犯だね」

冷たい目で英二がアッシュに言うと、アッシュの口元が笑った。

「さあな。お前ら、いちいち、言うなよ」
「そんな〜、ボスが居ないとなったら、後から女どもに吊るし上げられますよ〜」

情けない声を出すアレックスを後目にアッシュは部屋の隅の方に置いてあるソファを指した。

「英二、向こうに持って行って食おうぜ?」


ソファに座って、料理にありついた数分後に、英二はアッシュが分かってて、殆ど変装に近い仮装でやって来た理由を思い知った。
色々な仮装をした女の子が入れ替わり立ち代わりやって来たと思うと、ソファに座る人影がアッシュではなかったと残念そうにボヤいては喧騒へと戻って行く。

「な?正解だったろ?あんなのにいちいち対応していたら、おちおち、料理も食えねぇ」
「まあね。でも、女の子たちにはちょっと申し訳ないね」

英二は苦笑して、隣に座るアッシュに答えた。
しばらくすると、新たな女の子がやって来た。青いスカートを穿いて、青いリボンを頭に巻いた不思議の国のアリスの仮装をした子だ。
何度も慣れたやり取りを今度は先に言おうと、英二は女の子に向かって、アッシュの不在を告げた。

「申し訳ないけど、アッシュはここには」

英二が言い終わらないうちに女の子は二人の思い寄らぬことを言い出した。

「ううん。あなたと話そうと思って」

弾かれたように女の子の顔を見るオペラ座の怪人の扮装のアッシュに気を留めずに女の子は話を続ける。
「英語がたどたどしいのね」、「いつやって来たの?」、「どこからやって来たの?」、「その仮装、かわいいけど、何の仮装?」等々、英二が答え終わらぬうちに次から次へと質問を投げ掛ける。
英二は最初は驚きながらも愛想よく答えていたが、隣に座るアッシュの纏う雰囲気が段々冷たくなってくる。
英二はアッシュが気になって、話を終了しようとするものの、女の子は口も挟ませてくれない。

「すごい、ふわふわなのね〜」

そのうち、着ぐるみの英二の腕に手を伸ばしてきた。
いよいよ、「困ったな〜」と思って、横を向いてもアッシュは緑色の瞳を冷たく向けるばかりで無言のままだった。そのうち、怒り出すんじゃないかと気が気でない。顔は笑顔ながらも、英二は助けを求めるように周囲に目を走らせると視界の隅にアレックスが映った。

「ねぇ、向こうに行って、もう少し話さない?」
「!」

女の子のアッシュを全く気に留めない言葉にアッシュの我慢は限界になり、立ち上がろうとしたときに英二が大声でアレックスを呼んだ。

「アレックス!!」

料理の皿を持って、視界を横切ろうとしていたアレックスが気が付いて寄って来る。

「どうした?」

さすが、リンクスのNo.2。全てを伝えなくても、アッシュと英二、女の子の顔を代わる代わる見て、英二が声に出さずに口の動きだけで「Help me」と伝えると、すぐに状況を理解したらしく、女の子の肩に手を回して、ソファから離れるように肩を押した。

「な、なによ?」
「君と話したいって奴が向こうにいっぱい待っててさぁ」
「ちょ、ちょっと、まだ英二と話して・・・」

未練がましく英二の方を振り返りながら、文句を言う女の子の肩を抱えて、アレックスは「まあまあ」と宥めつつ、連れて行った。

英二はアッシュの方を向くと苦笑した。

「こっちの子はすごい積極的だね」

一度は上げた腰を再度、深くソファに下ろして、アッシュは面白くなさそうに答えた。

「自分の意思をはっきり告げるのが美徳でもあり、害毒でもあるのさ」
「また、そんな」
「でも、悪い気はしなかったんじゃないのか?」

そう問うアッシュの顔は仮面に隠れて表情が見えない。アッシュは前の方を向いて、英二の顔を見ていないから尚更だ。
英二は困ったように笑うと片手を顏の前でぶんぶんと振って否定した。

「そんな!だって、初対面だよ!?びっくりしちゃって、むしろ困ったよ!」
「ふぅん」

自分で質問したくせにアッシュは興味なさそうに一言だけ答えた。

「英二・・・せっかく来たんだから、もっと、皆に混じって騒ぎたかったりするか?」
「うーん。特に何かをしたかったわけじゃないからね」

考えながら英二が答えていると今度はカボチャの被り物を被った、見たことのない青年がやってきた。

「Hi, Eiji」

「誰?」と思っていると相手は自己紹介をし始めたが、やっぱり英二の知らない人だった。

「あの・・・」
「君と話したいって思ってたんだけどさぁ、いつも、アッシュといるだろう?」

「隣にいるんですけど」と思いながら、英二が適当に相槌を打って答えていると、隣で黙って聞いていたアッシュが大きく伸びをして、一言言った。

「ここは暑いな」

そう言って、被っていた黒髪のウィッグを取り除くと、暗い部屋の少ない光にも反射して、そこだけ仄かに光るようにアッシュのプラチナブロンドが現れた。
急に動き出したアッシュに相手の男は現れた髪を凝視して、次に仮面の目を覗き込んで、口をぱくぱくさせながら声を出した。

「!!金髪にグリーンアイズ・・・あ!」
「アッシュ」

英二が思わず呟いたアッシュの名前にその男はあっという間に姿を消してしまった。

「・・・アッシュ、君、趣味悪いよ」

英二はジトッとアッシュを横目で見て諭した。アッシュがいないくて話しやすいと言って、話しまくる相手に散々話させておいて自分だと悟らせるなんて少々意地が悪い。明かすならもっと早く明かすこともできただろうに。

「あいつ、なんなんだ?英二が聞いてもいないのに、ベラベラと話しやがって」

アッシュが吐き捨てるように言う。

「社交的なんじゃない?」

英二は苦笑して、アッシュにそろそろ帰ろうと提案した。アッシュは少し驚いたように、そして、少し申し訳なさそうに聞いた。

「もういいのか?全然、楽しんでないんじゃないのか?」
「充分楽しんだよ」

アッシュの方に向き直って、英二は感謝の言葉を告げた。

「・・・君には本当に感謝してるんだ。アメリカに居たいというぼくの我儘を聞いてくれた上に、今日だって、気乗りしないだろうにここに連れてきてくれた。仮装までして、ハロウィンを楽しめたよ」
「英二」

(違う。違うんだ。感謝しているのはオレの方なんだ。危険があるのは分かっていて、お前の「居たい」という言葉に甘えて、日本に帰さないのはオレなんだ)

英二の名を呼んだきり、黙ってしまったアッシュの顔は仮面に隠されて、表情は読めないが仮面から覗くグリーンの瞳は英二を見つめたまま揺れていた。

「ぼくはぼくがここに居たいから、ここに居るんだ」

「うーん。できるだけ迷惑は掛けないつもりなんだけどね」と笑って、ソファから立ち上がり、アッシュの肩を軽く押した。

「さ、行こ?」

アッシュはゆっくりと立ち上がるとすっと英二の前に出た。追い越す時に小さい声だが英二の耳にはしっかりと聞こえた。

「Thanks」
「アッシュ・・・」

アッシュは振り返ると親指で外を指した。緑の瞳が英二をまっすぐに見ている。

「外ではまだ、名物のパレードやってるぜ?合流しながら帰ろうぜ?」
「いいね!」

二人が人ごみをかき分けて部屋の出口へと向かうと、アッシュのきらきらと輝く金髪に誰もが話すのを止めて注目するのが分かった。
ざわざわと「アッシュだ」と囁き合う声も聞こえる。
突然、アッシュにぐいっと手を掴まれると引っ張られた。

「行くぞ」

アッシュが何も言わなくとも自然に人ごみが左右に分かれる。店の外に出て、一息つくと、アッシュは英二の手を放した。

(手を掴まれたのはこれで2回目・・・かな)

ぼんやりと英二が考えているとアッシュの声で我に返った。

「英二、なに、ぼんやりしてるんだよ?パレードは店の中の比じゃないぜ?」
「でも、名物なんだろ?だったら、行かなくちゃ」

英二が笑顔で答えて、二人は並んで、パレードが通る大通りの方へと歩き出した。

************

翌日。

「ちょっと熱があるかな。カボチャ熱かなぁ?」

英二はアッシュの口から体温計を取り出した。こちらは摂氏表示じゃないから分かりにくい。摂氏なら37℃とちょっとだ。

「そんなの聞いたことねぇよ」

横になったままのアッシュが少し潤んだ目でジロリと英二を睨んだ。睨まれた英二は肩を竦めた。

「ぼくだって聞いたことないよ。・・・でも、昨日、無理してくれたのは本当だろ?ありがとう。きっと、ストレスが溜まったんだよ。今日は一日、寝ていた方がいいよ」

優しく笑って英二が毛布をアッシュの肩まで掛けてくれる。正面から昨日のお礼を言われたアッシュは照れ臭くて、横を向いた。

「たいしたことねぇ」

英二は開けていた窓を閉め、アッシュに優しく微笑みかけた。

「今日は一日、オニイチャンが看病してあげるよ」

アッシュは更に照れ臭くなり、肩まで掛けられた毛布を更に引き上げて、顔半分を隠した。

「看病させてやるよ」



Happy Halloween!!

英二がハロウィンに全力参加したとは言い難いんですけど、まぁ、最初ですからってことで(^^;)
アッシュが傍にいなきゃ、英二と話したい人も結構いるんじゃないかと思います(^^)
言葉足らずで、展開を詰め過ぎちゃったけど、楽しんで頂けたら嬉しいです♪
(2012年10月31日コメントから)

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