Happy Halloween 02

コーラ缶のプルを引いて、プシュッと音をさせた後、二人はお尻をコツンと当てた。

「引っ越し先での二人の新しい生活にカンパーイ」

(だから、そういうことを恥ずかしげなく言わないでくれ)

アッシュはフッと軽く笑うと英二に訊いた。

「なんだ?今日は随分、上機嫌なんだな?」

英二の顔がふにゃっと笑顔になった。

「そりゃあ、嬉しいよ。なんてたって、ここは正式にぼくの住むところだからね」
「?これまでだって、59丁目に住んでいただろう?」

英二はいたずらっ子そうに黒い瞳を輝かせると片目を瞑って、嬉しそうに答えた。

「違うよ。あそこでも二人で住んでいたけど、匿ってもらっていたというか・・・そう、成り行きで住むことになったところなんだ。でも、ここは違う。二人で選んで、ぼくも一緒に住むのを前提に二人で選んだんだ。ぼくが居るのが当たり前の家なんだよ」

アッシュのピザの包みを開ける手が止まった。英二の顔を見つめると、声にするつもりはなかったのに、言葉が零れた。

「そんなこと思ってたのか?」
「一応ね。一緒に住むことを意思を持って決めて用意した家っていうのは、やっぱり嬉しいよ。ここはぼくの家でもあるだろ?違うかい?」

様子を伺うように聞いた英二の頭に手をポンと載せて、アッシュは静かに笑って言った。

「違わない」

その笑顔は心から嬉しそうだった。

「よかった。ちょっと図々しいかなって思ったんだけど・・・」

少し言葉を切った後の英二の言葉にアッシュはそれまでの笑顔を引きつらせた。

「でも、その分、毎日ちゃんと起こして、ご飯を食べさせてあげるからね!」
「ちょっと・・・待て、起こせとは頼んで・・・」

「ない」と最後まで言い切る前に英二が被せるように続ける。

「一日はきちんとした朝食からだからね。そのためにはきちんと起きなくちゃ」

思わぬ方向に話が進んだアッシュは英二の勢いに押されて、体も引き気味だ。先ほどまでの胸にじんと来るような雰囲気はいったいどこに行ったのだろう。
「だいたい君はね」と続く英二のアッシュへの生活態度改善への提言が続くので、アッシュは話を変えようと何か話題がないかと探した。

「そうだ。英二、さっき、コングがハロウィンパーティーやろうって言ってたぜ?」
「まだ話の途中だよ・・・ん?ハロウィン?」

露骨に話を変えようとしたアッシュに眉を顰めて、小言を続けようとした英二だったが、“ハロウィン”の言葉に引っ掛かって、聞き返した。

「そう。やりたいんだろ?ハロウィンパーティー。コングが仮装の準備しておけって言ってたぞ」
「ホント!?」

(やった。話にノッてきた)

アッシュは英二からは見えないテーブルの下で密かに握り拳を握った。
一方、嬉しそうに聞き返した英二の顔はぱぁっと輝いたと思うとすぐに残念そうな顔になった。

「・・・でも、君はハロウィンはダメだろう?」
「なんで?」
「なんでって、アレが付き物だよ?」

英二が言わんとすることは最初から分かっているくせに、ようやく思い至ったような顔をした。

「あぁ、アレか。好きではないけど、どうしてもダメってわけじゃない。せっかく、あいつらが誘ってくれてるんだから行ったらどうだ?」
「・・・無理してない?」

英二は懐疑的な目を向ける。

「してねぇ。失礼な奴だな。行こうぜ?ハロウィンパーティーに。あいつらは毎年、集まってバカ騒ぎしてるが、オレは行ったことがないから、お前が行きたいんなら、行ってもいい」
「・・・君もちょっとは興味がある?」

まだ遠慮が含まれた声色の一方で黒い瞳は期待を持ってアッシュに聞いてくる。最後の一押しが欲しそうだ。

「あぁ」

英二の顔が満面の笑みに変わる。
アッシュとしてはバカ騒ぎには興味もないし、カボチャで溢れるハロウィンも本来なら御免で毎年、この季節はできるだけ外に出ないようにしている。
しかし、英二が行きたいなら話は別だ。英二の嬉しそうな顔はアッシュを上機嫌にさせてくれる。

「行くなら、仮装しないとな」

口の端をニヤッと上げてアッシュは英二に翌日の買い出しを提案した。

************

アッシュと英二が貸し切りにしたという店に着き、扉を開けると、美味しそうな料理の匂いが鼻腔をくすぐった。
店内には黒の猫やらクモ、紫の衣装の魔女の飾りつけに混じって、普通にカボチャのオレンジも存在を主張していた。
英二は横に立つアッシュを上目使いで見た。

「アッシュ、本当に大丈夫?」
「・・・大丈夫だ」

答えるまでに少し間が開く。英二は「アレックスたちも少しは飾りつけに気を使ったらいいのに」と思い、アッシュの様子を窺うが、仮装でアッシュの表情はよく分からない。

「ほら、見ろよ」

アッシュが店の中を英二に指し示す。
貸し切りにしたという狭い店の中はすごい人数で溢れ返っていた。
顏には道化師のメイクをして、ふんわりした黒のスカートからは、チェス盤のような模様のタイツを穿いた女の子。手には自分で作ったのだろうか、大きなゼンマイを持っている。かと思うと、その女の子の影からは色違いで青を基調とした同じ衣装の女の子が現れる。二人でセットの仮装のようだ。
ミイラ男だろうか、全身、汚れた包帯を巻きつけた男が通り過ぎる。
他にもどこかで見たようなスーパーヒーローの恰好やら、恐怖映画の怪人の恰好やら、気合の入った恰好の人間が行き交う。
ここに来るまでも町中に溢れた多くの仮装した人々にも圧倒されたが狭い空間で、間近で見るとまた格別だった。

「うわ〜。すごいな〜。もう、誰が誰だか分からないよ」

口を丸く開けた英二は感嘆の声を漏らした。

「馬鹿やるときは徹底して馬鹿になるのが、コッチ流さ」

横に立ったアッシュを見上げると、アッシュは顏の上半分を白い仮面で隠してしまって、タキシードを着て、その上にはやはり黒のマントを肩から掛けている。オペラ座の怪人だ。仮面の下からは意思の強い緑の瞳が覗き、黒の衣装によく映えている。
髪も一緒に買い出した黒のウィッグを被っているので、もはや、変身する過程を見ていた英二じゃないとアッシュだとは気付けないほどだ。

「英二、お前だって、なかなかキマってるぜ?」

仮面で覆ってしまっているので、目元は見えないが、口元でニヤッと笑うと英二の仮装を褒めた。

「これ〜?なんで、ぼくばっかりこんなヌイグルミみたいな恰好になるのさ。自分ばっかり恰好よくキメてさ」

文句を言う英二は全身茶色の着ぐるみを着ていて、顔だけ出しているが、その顔の中央にも犬を思わせる黒い鼻を付けている。

「まあ、まあ、行こうぜ?狼男くん」

英二の肩にポンと手を置くと、料理が積み上げられた皿が並べられたカウンターの方へと誘った。

2012年10月30日

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