Bed room for TWO 【Ash side】 前編

これまで住んでいた高級アパートメントを出て引越す日、アッシュは朝から不機嫌だった。
引っ越し業者に頼めばよかったのだろうが、引っ越しともなるとどうしても家の中の様子が分かってしまうため、自前で引っ越すことにした。
他人を警戒するのは長年染み付いた習性だから仕方がない。
荷物は少なめとは言うものの、さすがに英二と二人きりで引っ越し作業をするわけにもいかなかったので、信頼できる者としてアレックス、ボーンズ、コングの3人を呼んだ。
手下の中でも3人とは何度も死線をくぐっているし、英二とも仲良くしているのを知っているし、何より信頼がおける。
それなのに。

「英二、これはどこに持って行けばいいんだ?」

玄関から荷物を運びこんでいたシンが荷物を持ったまま、部屋を覗き込んで、アッシュの背後で床に膝をついて箱から荷物を出していた英二に声を掛ける。

(なんで、こいつが居るんだよ!)

シンが嬉しそうに英二に質問している様を見ただけで、自分でもイライラしているのが分かる。
英二には背中を向けて本棚に本を並べていたので、顔は見えていないはずだが、アッシュの機嫌が更に悪くなったことは察しているらしい。こちらも、顔を見なくても英二が苦笑しているのが空気で分かる。

「おれが来る許可を出したのは3人だぜ」

吐き出すように、しかし、英二には聞き取れないように小さい声で文句を言うと、シンが頻繁に顔を出すこの部屋から退散すべく、開梱作業をする場所を変えることにした。
自分が場所を変えることには抵抗はあったが、朝も文句を言ったものの、英二には「なぜそんなにシンを避けたがるのか」不思議そうな顔をされたことを思い出した。
これ以上、イライラして英二に諭されるのも面白くない。
一旦、頭を冷やしに場所を変えた方がいいだろう。

「コング、向こうのリビングにテレビとか重いものがあるから来てくれ」
「わかったよ、ボス」

奥の部屋でボーンズたちとベッドをガタガタとやっていたコングが廊下に出てきたところに声を掛け、リビングに移動することにした。

******

窓から外を眺めると空は晴れ渡り、雲一つなく、秋を感じさせる風も時折吹いてきて、重い荷物を持って体を動かしても少し汗ばむ程度で引っ越しにはちょうどよかった。

(本当にあいつさえいなければな)

アッシュはシンのことを思い出して、眉間に皺を寄せた。
バナナフィッシュの渦中で、共に逃げたり、闘ううちに英二とは仲良くなったらしい。シンは元々面倒見がいいのだろう。

(英二は抜けているところがあるからな)

アッシュはふっと笑った。

英二の人の好さで却って危険を呼び込んだり、日本で平和に浸かり過ぎて危険を察知できない辺りをシンが放っておけなかったのは想像に難くない。
そう思うと英二の人のよさも腹立たしく思えてくる。

アッシュがぼんやり外を見ながら、くすっと笑ったかと思うと急に不機嫌そうな顔になったりと百面相している横でコングは声を掛けたものか躊躇していた。

「・・・あの、ボス。テレビはどこに置けばいいんだ?」

コングの声にはっと気づいたアッシュは取り繕ったように平静さを装って、テレビを置く場所をコングに指示した。

「テレビはそこの壁を背にして置いてくれ」
「OK。ボス」

廊下の向こうからシンの声が時折聞こえてくる。
シンのはしゃいだ声を聞くと「やはり離れるべきでなかったか」と思う一方でふと思った。

(あいつ、本気で英二とどうにかなろうとしてるんじゃないだろうな)

アッシュはロックフェラーセンターでの英二に対するシンの暴挙を忘れたわけじゃない。英二は取り乱した自分を落ち着かせるための行動だったと思っているようだったし、シンも敢えて否定しなかった。欧米人のハグに近い行動だと捉えたようだったが、そんなわけはない。

(おれは許さねぇからな・・・・・・許さない・・・?)

テレビのコンセントやら配線のコードを箱から引っ張り出しながら、アッシュは湧き上がった自分の感情に疑問を持った。

(許さないって・・・もし、英二が問題ないと言ったら・・・?)

そんなことあるわけないと思いつつも、英二がシンを受け入れられると言ったら、そのとき自分はどうするのだろう。

手が止まってしまったアッシュにコングが声を掛けてきた。

「ボス、その握りしめてるコード、必要なんだけど」
「あぁ、すまない」

思考に沈んでいた意識を引き戻されてアッシュは箱から出したコード類をコングに渡した。

「あの・・・」

コードを渡した後もコングは動く様子もなく、何か言いたげにこちらを見ている。

「なんだ?」

2012年9月22日

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