Bed room for TWO 【Ash side】 後編

まだ足りないコードでもあるのかと、箱の中を一瞥して、中身はもう残ってないことを伝えようとすると、コングは頭を掻きながら少し言い淀んだ後、口を開いた。

「もうすぐ、ハロウィンだろう?それで・・・皆でハロウィンパーティーをやったらどうかって・・・」
「?・・・好きにしたらいいだろう?」

「そんなことか」と思いつつ、好きにしたらいいと許可をしたが、コングには続きがありそうだった。

「いや、あの・・・その、ボスたちも一緒に・・・」
「行かないな」

コングの言葉も終わらぬうちにアッシュはぴしゃりと断った。
バナナフィッシュを巡る一連の出来事が風化するにはまだ早い。多くの人間が出入りするパーティーなんか行く気にはなれなかった。誰が入り込むか把握しきれない。
いつもはアッシュの決断した一言で全ての会話が終わるはずなのに、否定されたコングは珍しく物言いたそうだ。
疑問に思いつつも視線で発言を促すと、

「この前、英二に聞かれたんだよ。ハロウィンはどうやって楽しむのかって」

思ってなかった言葉にアッシュは動きを止め、コングを凝視した。

アッシュは非常に驚いていた。ボスである自分の否定の言葉にも拘わらず、リンクスの者が話を続けることにも驚いたが、その理由が「英二を喜ばせたい」ということに驚いた。
そして、自分以外の人間がそんなに英二のことを気に掛けてくれるのを嬉しく思う一方で、面白くないと思う自分もいる。

自分を凝視したまま止まってしまったアッシュにコングが恐る恐る声を掛ける。

「ボス?」
「・・・あぁ、すまない」

(勝手だな)

自分の矛盾した思いに苦笑しつつ、表情を緩めて答えた。

「考えておく」

そう答えたところで、玄関の辺りから話す声が聞こえた。
アッシュが検討すると言ったことで、肩の荷を下ろしたのかほっとした顏をしているコングをよそにアッシュは話し声の続く方向へ注意を払った。何か言い争っているようにも聞こえる。

「ん?さっきから何を騒いでるんだ?」

そう言うとアッシュはリビングを出て、声のする方に向かった。
リビングを出て、廊下を曲がろうとしたところで、声がはっきりしてきた。アレックス、ボーンズ、シンの3人が何か言い合っているところにたまに英二の声が混じって聞こえてくる。

(何を話してるんだ?)

もう少し内容を聞こうと耳を澄ましながら寄って行くと、英二の声の後にシンが大きい声で何か言っているようだが、玄関が開いているらしく、外の音も時折被って、内容までは聞き取れない。
廊下を曲がって4人の姿が見えたときに、ちょうどシンが英二の両肩を掴んでいるところが目に入り、声を掛けようとするとシンが一際大きい声を出した。

「同じ部屋でベッド並べるなんて恋人同士じゃないんだからさぁ!」

その一言でアッシュは思わずビクっとして、踏み込みかけた足を止め、立ち止まってしまった。4人は話に夢中になっているのか、角から姿を現したばかりのアッシュには誰も気が付いていない。

(恋人!?)

普段、動揺することの少ないアッシュにもシンの一言の破壊力はすごかった。
どうも、シンがアッシュと英二のベッドを同じ部屋に入れるのはおかしいと騒いでいるようだった。

とっさに「何を馬鹿なこと言ってるんだ!」と思ったものの、そう言われてみれば、普通の友人なら寝室を分けるような気もする一方で、これまでの環境を考えると普通の友人がどうするのか分からない。

(いや・・・・・おかしく・・・ないよな?)

アッシュ以上に動揺しているであろう英二のためにもすぐに否定してやるべく、割って入ろうと思うものの、言うべき言葉が思い浮かばない。
シンの言葉で英二はさぞ顏を赤くしているに違いない。背中しか見えていないが動揺しているのが体の動きで分かる。
どう割って入るか考えもまとまらないうちに、英二が困っているのを見て、結論を出すより前に体が動いてしまった。4人にすっと近づくと言葉も勝手に出ていた。

「一つ、おれはまだ狙われることもあって、完全に安全と言い切れない。二つ、向こうの部屋はおれのパソコンを置いたり、書斎にするから、空いている部屋はない。以上だ」

急に現れたアッシュに驚く4人を後目に、様子を見に部屋から出てきたコングにシンを連れて帰るように指示して、残ったアレックスとボーンズにも帰っていいと許可を出した。
表面は無表情を装ったが内心、自分の言動に動揺しっぱなしで、とにかくこの場から皆を追い返さなければという思いでいっぱいだった。
しかし、皆が帰った後もアッシュの追い詰められた状況は変わってなかった。英二と二人取り残され、より追い詰められたといってもいい状況だ。
シンの言葉を笑い飛ばした方がいいのは分かっているが、心の中には嵐が吹き荒れていて、どんな顔して何を言ったらいいのか分からない。
情けないことに逃げ出すしかなく、それ以上、何も言わずにリビングに戻ろうとしたが、背後から英二の上ずった声が響いた。

「あ、あの、アッシュ・・・」

きっと、シンの言葉を受けて、寝室を分けようとでも言うのだろう。
自分のこの気持ちが何かは説明はできないが、今の状況を変えたくない。眠りにつくまで他愛もない話で過ごす優しい気持ちに満たされる時間。以前より減ったものの、うなされて目を覚ます夜はなくなったわけではない。夜中、目を覚まし、英二の姿を認めて、自分は悪夢でなくなった現実を実感できる。
その自分にとって何物にも代えがたい環境を守りたくて、思わず嘘を付いた。
パソコンはリビングに置くことにしていたし、無理に書斎にする必要がないのは英二も気が付いているのではないか。
英二が部屋を別にしようと言い出す前にアッシュは言葉を被せた。

「ここの部屋は書斎にしようと思うけど・・・・・・英二はおれと同じ寝室で・・・よかったか?」

英二がどんな顔をしているのか見る勇気がなくて、正面を向けない。再度言い訳を重ねるアッシュに英二は一瞬黙ったがすぐに元気よく答えた。

「・・・もちろんさ!」

『もちろんさ』。この言葉に何度救われたことだろう。全てを超えて、応えてくれる英二の優しさ。不安になっていた心に染み渡るように英二の言葉が広がっていく。ふっと笑うと英二の方へと向き直って軽口を叩く。英二もいつものように答える。いつも通りだ。

(シンは出入り禁止だな)

リビングへと戻るアッシュを追いかけてくる英二を背中に感じながら、アッシュはそう思った。

2012年9月28日

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