英二の部屋探し 06

「英二、いいのか?ボス、あまりいい顏しないぜ?」

午後も数件の賃貸物件を廻った後、英二とアレックスはチャイナタウンに来ていた。
黒髪の英二と違って金髪のアレックスはここでは大層目立って、居心地が悪い。今も何人かあからさまにこちらを見ている。

「大丈夫だよ。シンには何度か夕飯を誘われてたんだけど、なかなか来れなくて。今日はアッシュも夕飯いらないって言ってたから」

「そういうことじゃなくて」とアレックスが英二を説得しようとしてると英二が手を上げた。

「シン!急でごめんね!」
「英二!」

振り返った先の少し古いビルの表階段にシンが立っていた。
シンは英二の横にアレックスの姿を認めると露骨に面白くなさそうな顔をした。

「なんだ。味音痴も一緒か」
「なんだと!」

「まあまあ」と宥めにかかった英二をよそに両腕を階段の手すりに乗せて身を乗り出してこちらを見ていたシンは不敵に笑ってアレックスに言い放った。

「チャイナタウンの出口まで送らせるから、味の分からない奴は帰りな」
「!!」

アレックスはかっとなって、言い返そうとして拳を握ったがシンが言うように確かに自分にはチャイニーズの奴らの食べるものの良さが分からない。
そもそも、ここは完全なアウェーで多勢に無勢だ。

(一度、たまり場に帰ってから、ボスを待って状況を報告した方がいいんじゃないか?)

アレックスはそう判断して、せめて負けないようにシンを強く睨みつつ英二に向かって言った。

「英二、オレは帰るからよ。後で迎えに来るからよ。一人で帰るなよ?」

シンとアレックスの緊張した空気を今一つ読んでない英二は「え?帰っちゃうの?」と言った後、ほんわかした笑顔でアレックスに答えた。

「大丈夫だよ、アレックス。今日は一日付き合わせてしまって悪かったね」
「英二のことは心配しなくてもいいから、とっとと帰りな」

シンがにやりと笑って、手で追い払う仕草に、「けっ」と面白くなさそうな顔なアレックスだったがその場から去って行った。
アレックスの姿が十分離れたのを見遣るとシンは英二に訊いた。

「一日、あいつと付き合ったってなんのことだ?」

******

「そういうことか」

「ふーん」と頷きながらシンは中国茶をすすった。普段ならこんなお上品な茶器では飲まないが、今日は特別だ。英二をもてなすために用意したものだ。

(英二がアッシュから離れて別にアパートを借りるのかぁ)

「そしたら、もっと自由に英二を訪ねることができるな」なんてシンが心の中で思っているのは露知らず、シンの相槌の後、英二は続けた。

「部屋はずっと探しているんだけどね、なかなか『これだ』っていうのが見つからなくて。」
「ずっと住むところとなるとそう簡単には決められないよな。元気がないのはそれが理由か?」
「え?ぼく、元気がないように見える?」
「あぁ」

シンの指摘に言ったものか英二は少し迷ったようだった。

「たいしたことじゃないんだけど・・・」

続けたものか英二は躊躇して言葉を切ったが、シンが優しい口調で先を促した。

「『けど』どうした?言ってみな」

英二に気を遣わせないよう、軽い調子で小龍包に手を伸ばしながらシンは言った。

「うん。ありがとう。ここ最近アッシュが機嫌が悪いんだよね。理由は分からないけど、なんか避けられているような気もして・・・。それもあって、部屋探しに集中できないのかな?・・・ごめん、キミにこんなこと言っても困るよね」

「ははっ」と申し訳なさそうに笑った英二に

「アッシュが不機嫌なのはそう珍しいことでもないだろ。気にしなくてもいいんじゃねえの?」

と何気ない風を装いつつ、小龍包を口に入れて答えたが、シンにはアッシュの不機嫌の理由がすぐに思い至った。

(これは早いところ英二に部屋を見つけてもらった方がよさそうだな)

「部屋探し、オレが付き合ってやろうか?オレの方が日本人好みな物件を探してやれるかもしれないぜ?」

小龍包をふうふうと吹いて冷まして口に入れようとしていた英二がふと手を止め、顔を上げた。

「それは悪いよ。そんなに皆に迷惑掛けられないよ」

苦笑する英二に

(いや、全然悪くない。むしろオレが探して、通いやすいところを見つけられれば一石二鳥だし)

と早く部屋を見つけてしまう以外にも自分の縄張りに近いエリアで探そうと都合いいことを考え、英二向けの人のいい笑顔で請け合った。

「いいって。オレが探してやるよ。」

話す途中で英二が「あ」と言ったような気もしたが、自分の思いつきのよさに悦に入って、背後に寄る気配に全く気付かなかった。

「その方がいいアパートを早く・・・」

と「見つけてやれる」と続けようとしたとき、いきなり右の耳を強く引っ張られた。

「いっ」

耳を離してくれない痛みに堪えて、なんとか振り返るとそこには軽く息を切らしたアッシュが不機嫌そうに居た。シンの方は全く見ず、苛立たしげに輝く翡翠色の瞳は英二だけを見ている。

「アッシュ」

突然現れたアッシュに英二も戸惑い、名前を呼んだがそれには応えず、アッシュは一言、

「帰るぞ」

と言って、摘まんでいたシンの耳を離すともう背を向けて、歩き出していた。
ようやく離してもらえた耳を押さえて涙目になっているシンと歩き出したアッシュを英二は交互に見た。
どうしたものか迷っている英二をアッシュはもう一度振り返ると

「帰るぞ、英二」

ともう一度強く言った。
英二はシンに「ごめん。また今度」とだけ言って席を立ち、アッシュの後を追った。

「あいつ、いつもいいところで現れるよな!英二センサーでも付いているのか!?」

シンは右耳をさすりながら、恨めしそうにぼやいた。

2012年7月27日

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