英二の部屋探し 05

そう言うと「逃がさないわ」と言わんばかりに自分も椅子を引いて、アッシュの横に座るとジェシカは心配そうにアッシュに訊いた。

「うるせえな。これだから、おばさんは嫌なんだよ。ほんとに何でもねぇ。これから英二は自分で部屋を借りて暮らすらしいから、オレに英二への土産を渡されても困るんだよ。だから、次はいらねぇと言っただけだ」

アッシュの言葉を聞いてジェシカは驚いた様子で聞いてきた。

「英二、家を出るの!?どうして!?」
「聞いてない」

せいぜい喧嘩でもしたのだろうと思っていたジェシカは思ってもなかった英二がアッシュから離れて部屋を出るという話に驚き、思わず訳を聞いたが返ってきたアッシュのたった一言の返答に言葉を失った。

「聞いてないって・・・」

ジェシカ同様にアッシュの話に驚き、無言になっていたマックスが口を開いた。

「アッシュ、理由を聞いた方がいいじゃないか?何か理由があるのかもしれないぞ。だいたい、おかしいじゃないか。お前の傍にいたい一心でもう一度ここに来た奴だぞ?それがなんで部屋を出るんだ?」

マックスが最後まで言い終わらないうちに、それまで冷静を装っていたアッシュが感情を爆発させるように吐き出した。

「オレだって訳を知りたいさ!『傍にいる』って言ったじゃねえか!」

アッシュは一旦言葉を切り、最後は自分の感情を押し込めるようにして静かな声で言った。

「・・・・・・でも、あいつが出て行きたいと言うのなら、オレが止めるわけにはいかない」

そして横を向いてしまった。

「アッシュ・・・」

そんなアッシュにマックスも掛ける言葉が見つからず名前を呼んだきり黙ってしまった。

「それって、『止めたい』ってことでしょ?」
「!?」

突然割って入ったジェシカの言葉にマックスが「え?」と疑問の声を上げると同時に、アッシュも勢いよく振り向いた。
アッシュが反論するよりも早くジェシカは言葉をかぶせた。

「やだ。自分で気づいてないの?『止められない』ってことは『止めたい』ってことじゃない」
「それは・・・」

返答に窮したアッシュに、ジェシカは椅子から立ち上がってアッシュへと近寄り、

「それじゃ・・・」

と言って、右手の中指を親指で押さえると、寄って来たジェシカに訝しげな顔をしているアッシュの額へと勢いよく中指を弾いた。

「!!・・・ってぇ。何すんだよ!」

思わず椅子を倒して立ち上がったアッシュは生理的な涙を目に浮かべて額を押さえている。
マックスはジェシカの突然の行動に驚いてしまって言葉もない。

「その眉間の皺にも気づいてないのね」

怒るアッシュをモノともせずにジェシカは右手を腰に当てて、平然とアッシュに言い放った。

「入ってきたときから眉間に皺寄せて不機嫌そうにしててさ。行って欲しくないなら、ちゃんと言葉で英二に伝えなさいよ」

黙ってしまい、目を伏せてしまったアッシュにジェシカは今度は優しい目でアッシュに語り掛けた。

「あんたのそういうピリピリした空気に英二はきっと傷ついているわよ。あんたはあんたでそんな態度だし、英二は人の気持ちには聡い一方で自分への想いには鈍い子だから、理由も分からず、自分が何かしたのかもくらいに思ってるわよ」
「そんなことない・・・」

英二の言葉にショックを受けたのはむしろ自分の方だという言葉を飲み込んで、ここ数日の英二の様子を思い返した。
英二の「部屋を出る」と言う言葉に思わず腹が立ったが、何ともない振りをしたものの、さすがに一緒に部屋を探す度量までは持ち合わせてはおらず、アレックスに手伝うように言った。
聞けば部屋は毎日探しているとは言うものの英二は元気がなかったし、アレックスも英二の元気がないと言っていた。
ここ数日の自分の八つ当たりで英二を傷つけてしまったかもしれない。

「思い当たるみたいじゃない。言葉は伝えるためにあるのよ。ここにいるうちのデクノボウじゃないんだから、ちゃんと言葉で『一緒に住みたい』って伝えないと」
「お、おい?」

いきなりお鉢が回ってきて狼狽えるマックスに一言、「あんたは黙ってて」と黙らせると続けた。

「英二にあんたの気持ちをちゃんと伝えないといくら英二だって愛想尽かすかもしれないわよ?愛想尽かされなくても、他の人に取られちゃうわよ」

ジェシカの最後の一言でアッシュは再会した当日のことを思い出した。
英二を狙っているとおぼしき奴には少なくとも一人は心当たりがある。部屋探しをする英二と一緒にいるのが辛くてアレックスに任せてしまったが、アレックスだっていつか英二の良さに気付いてしまうかもしれない。

「・・・そうだな。日本より危険だしな」

アッシュは口元で笑うと言った。

「そうよ。分かった?・・・・・そう言えば、あんた、さっき、“おばさん”って言ったわね」

じろりとこちらを見るジェシカにいつもの調子を取り戻したアッシュは愛用のファーの付いた上着を手に取ると

「じゃーな、“おばさん”。これ、もらっていくな」

にやりと笑って、テーブルに置かれた箱を手に取ると出て行った。

「あんのくそがき〜。相談料払いなさいよ!」

ドアがバタンと音を立てて閉まると、途中で「黙ってて」とジェシカに一蹴されて黙っていたマックスがようやく口を開いた。

「英二が取られちゃうって、お前」
「そうでしょ?」

ジェシカは「そんなことも分からないの?」といった顔でマックスを見た。

「そうなのか?」
「どう見てもそうでしょ?あの調子じゃ、本人が自覚しているか分からないけど」

「私の周りの男どもは鈍い奴ばっかりだわ」と言いながら、「私、まだ原稿があるから」とジェシカは隣の部屋に戻って行った。
残されたマックスは「えぇ!?」と呟きながら、気を落ちつけようとコーヒーを淹れるために席を立った。

キリがよかったので、長めにupしてみました。
連日少しずつですが、以前に更新したお話にも拍手頂いたので、新しく見てくれる人がいるんだなぁと嬉しかったです(^▽^)

読んで頂いてよかったら、感想なんか頂けると嬉しいですし、感想じゃなくてもBFのお話できるといいな〜なんて思います(^o^)/
(2012年7月20日コメントから)

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