英二の部屋探し 04

英二が「部屋を探す」と言って以降、ここ数日、アッシュと英二はなんとなくぎくしゃくしていた。
“アッシュと英二”というよりも、アッシュがあまり話さない。
始終、不機嫌そうにしていて、毎朝、英二が用意した朝食を食べると「出掛ける」と言って出て行ってしまう。
「部屋を探す」と言ったその日のうちにアレックスが来てくれて、一緒にいくつかの物件を見に行っているが、どこを見ても英二にはしっくりこない。
付き合ってくれているアレックスには申し訳ないが、どの部屋を見ても何かが違う。

「出掛ける」

アッシュの声にふと現実に引き戻され、自分がここ数日のことを思い出していたことに気がついた。

「うん。ぼくは今日もアレックスに付き合ってもらって、物件を探してくるよ」
「・・・いいのはありそうか?」

アッシュが伺うように訊いてくる。
その顔は眉間に少し皺を寄せて、やはりここ数日と変わらず不機嫌そうだ。

「ううん。なかなか、これってものが見つからなくてね」
「・・・そうか。今日はマックスのところに寄って、頼まれていたコラムの原稿を置いてくるから、夕飯は先に食べてくれていい」
「うん。わかった」

パタンとドアを閉める音がして、英二は大きく息を吐き出し、テーブルへと突っ伏した。

「これだから、猫科は嫌なんだ。何が不満なのか、さっぱり分からないよ」

******

迎えに来たアレックスに付き合ってもらい、もう何件目になるのか分からないが案内してくれた不動産屋に丁寧にお断りして、遅めの昼を食べることにした。

「アレックス。本当に何か心当たりはないの?アッシュ、ずっと機嫌が悪いよ?」
「あ?ボスは何も言わないからなぁ。たしかに、たまり場に居てもずっと機嫌悪いな。皆、できるだけ寄らないようにしてる」

アレックスはずずっと音を立てて、ストローでコーラを吸い上げると英二の質問に答えた。

「そっか。家で機嫌悪そうにしてるから、ぼくが原因なのかと思ってみたけど、心当たりないし。たまり場でも機嫌悪そうにしているなら、何か違う理由なのかもしれないね」

「ぼくに話してくれないのは寂しいけどね」と少し寂しげに笑った英二にアレックスはスタンドで買ったホットドッグを頬張りながら言った。

「お前に分からないなら、オレに分かるわけねぇよ」
「?」

不思議そうに見てくる英二を見てアレックスは

「お前の方がよっぽどボスに近いだろ?」

と聞き返した。

「近いつもりだけど、アッシュの気持ちは分からないことだらけだよ。・・・そんなアッシュの言動に一喜一憂する自分も嫌なんだけどね」

と苦笑いする英二に

(いったい、これは恋愛相談なのか?)

内心、アレックスは突っ込みながらも、気になっていたことを聞いてみようと思った。

「お前の部屋探し、ボスはよく・・・」

「許す気になったな」と続けようとして、言いかけた言葉を飲み込んだ。

(なんとかは危うしに近寄らずだ。余計なことは言わないでおこう)

「?」

言葉の続きを待つ英二にアレックスは

「なんでもねぇよ」

と返して、片手に持っていた飲み終わったコーラを手近なゴミ箱に投げ入れると「行こうぜ」と英二に声を掛けた。

******

「これが頼まれていた原稿だ」

ばさりと数枚の紙の束をテーブルの上に置くとアッシュはどかっと椅子に座った。
さすがに隠れてばかりでは暮らしてはいけないので、表向きの仕事を持つのも悪くないと思い、不定期ではあるがマックスのツテでニューズウィークでコラムを書かせてもらうことにした。
次のコラムと締切等、マックスと打ち合わせを簡単に終えると、それまで一応、仕事ということで遠慮していたジェシカがリビングに入ってきた。

「アッシュ、このカップケーキ、英二に持って行きなさいよ。知り合いの編集者からもらったのよ」

ジェシカは黒い箱に目の覚めるような鮮やかな緑のリボンの掛かった高級そうな箱をアッシュへと差し出した。
最近出来たという話題の店らしい。

「・・・あぁ。でも、次からは英二への土産はいらないぜ?」

思わぬところで英二の名前が出て、ここ数日溜まっていた不満がつい顏に出てしまった。
「しまった。余計なことを言った」と思ったアッシュは勘が鋭いジェシカに悟られることがないよう付け足した。

「あいつ、甘いもの好きじゃないんだよ」

マックスが「そうだったか?」なんて言っている横で、勘が鋭い上にアッシュが相手だと余計に容赦しないジェシカは

「嘘ね」

アッシュの目を真直ぐに見て言った。

「・・・嘘じゃない」
「嘘よ。だって、あんた最初、『次からいらない』って言ったのよ。『甘いものはいらない』じゃないわ。あんたたち、なんかあったの?」

周りの方がよく分かってたりすることあるよねー、と思いつつ。
アッシュと英二は自分への想いにちょっと鈍そう(^^;)
(2012年7月13日コメントから)

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