英二の部屋探し 03

「――――ぼくも部屋を探そうと思うんだ」

言葉を切った後の沈黙が辛い。
英二の言葉を聞いた後、アッシュは一瞬目を見開き、固まったと思うと手にしていたコーヒーカップを静かにテーブルに置き、一言だけ言った。

「分かった」

事の発端はアッシュと再会して、住み慣れた部屋へと戻って来てから1週間ほど経ってからのことだった。


「ここから出て引っ越す」

「え?」

口に入れかけた朝食のトーストを皿に戻して、英二は聞き返した。
アッシュの言ったことが聞こえなかったわけではない。

記録上は死んだことにはなっているものの、以前と同じ場所に住み続けるのはマフィアやら警察やらに見つかる危険があるとアッシュが判断したためだ。
英二はアッシュの言葉を聞いて、どきっとした。
そして、ふと思った。

(ぼくは引っ越し先に付いて行っていいのかな)

当たり前のようにこの部屋に帰ってきて、当たり前のように一緒に住んでいるけど、「引っ越す」と聞くとはたして付いて行っていいものかと英二は思った。
ここは逃げているときから住んでいる部屋なので、英二の部屋があっても不思議に感じなかったが、引っ越し先に当然のように自分の部屋を用意してもらうことには少し躊躇があった。
たっぷり1日ほど考え尽くして、思い切って自分も部屋を探すことにした。

勿論、アッシュと生活を分かつことは寂しいと思うが、このまま、アッシュに寄り掛かったように頼り切った生活をしてもいいもんかと思っていたのも事実だ。
自分はアッシュのお荷物になりに来たわけではない。
アッシュの引っ越し先に付いて行きたいというのは自分のエゴだと、自分の気持ちをそう結論づけて、何とも思ってないかのように言ったのだ。

(普通に。普通に。ごく自然に。寂しそうな顔しちゃいけない)
「ぼくも部屋を探そうと思うんだ」

これが、先ほどのやり取り。英二が自然を装って切り出した言葉に、アッシュは「分かった」と言った後、黙り込んでしまったのだ。

(何か癇にさわったのかな)

居たたまれない空気を変えようと、言い訳をするように英二は明るく続けてみた。

「ほら、ここに永住するからには、ぼくも早く自分の生活を確立しなくちゃならないからさ」
「・・・・・そうだな」

英二の用意した朝食を一通り食べ、最後に残っていたコーヒーを流し込むとアッシュは席を立った。

「出掛けてくる」



アッシュがいつものたまり場に顔を出すと店の空気が一変した。
一番の手下であるアレックスが傍に寄って来て、縄張りにしている地域の最近の状況と他のグループの力関係を報告してくる。

「分かった」

そう一言答えると、定位置であるカウンターへと座った。
絶対的ボスであるアッシュは普段から近寄りがたい雰囲気を纏っているが、今日はいつにも増して、近寄りがたい空気を放っていた。
アッシュには聞こえない位置でボーンズとアレックスが小声で話す。

「おい、今日のボスはいつも以上に怖い雰囲気じゃないか?」
「あぁ。しばらく姿が見えなかったが、半月前に戻って来て以降は機嫌がよかったのにな。でも今日は機嫌が悪そうだ。呼ばれない限りは傍に行かない方がいいぜ」

そんな会話をしている二人をよそに空気を全く読まないコングがアッシュに訊いた。

「ボス、英二が戻って来てるって聞いたんだけど・・・」

と話す途中でアッシュがコングへと向き直り、遮った。

「誰から聞いた?」

アレックスとボーンズが「あ、ばか」と思った頃には遅かった。
冷たい視線で見遣って、コングを問い質した。

「あ、いや、2週間ほど前に英二らしい奴を見たって、あちこちで何人かいたから・・・ここには連れて来ないのかなって・・・」

さすがのコングも最後は消え入るような小さな声になってしまった。

「そのうちな」

その一言で終わってしまったので、コングもアレックスたちのところへ戻ろうとしたところ、アッシュが少し離れた位置に居たアレックスに声を掛けた。

「アレックス」
「Yes」
「英二が部屋を探したいそうだから、手伝ってやってくれ」
「・・・Yes」

そう命令したアッシュはアレックスには少し寂しそうに見えた。

(?店内が暗いからか?)


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