英二の部屋探し 02

「お前がトイレに行っている間に言ったんだぜ?そしたら、あのおばさん、何て言ったか分かるか?」
「さぁ?ジェシカ、何て言ったの?」
「『帰りたいなら、あんた一人で先に帰ったら?』って言ったんだぜ?」

英二が「あはは」と大きな声を上げて笑う。
アッシュと英二が再会してから、シンが居たり、ユーシスの屋敷に戻ったり、マックス、ジェシカと飲んだりと誰かしらが一緒でなかなか二人だけになれなかった。
二人で飲み始めて、マックスやジェシカの話を肴についつい飲んでしまい、元々、そう酒に強い方ではない英二はそろそろ酔いが回り始めていた。
こうして、アッシュとまた他愛のない話で笑うことができて英二はとても幸せだったが、一方、再会を果たして以降、英二はアッシュに訊きたいことがあった。
こうしてまた会えたのだからいいのだけど、アッシュはどんな状況で刺されたんだろう。
この用心深くて、隙のないアッシュがどうして刺されたのか。
気にはなっていたが、ここまでずっと誰かしら傍にいたことに加え、誰もそのときの状況を詳しく話してくれないので、なんとなく聞きそびれていた。
酒の勢いを借りて、英二は気になっていたことを聞いてみようと口火を切った。

「アッシュ、聞こうと思って、聞きそびれていたんだけど、君はどんな状況で刺されたんだい?君が刺されるなんて・・・」

笑っていたアッシュが笑うのを止め、ふと真顔になり、手にもっていたバドワイザーの缶をテーブルに置くと膝の上で両手を組み、手元を見ながら言った。

「お前を日本に返すことができて、オレはもう思い残すことはないと思った」

「でも・・・」と一度言葉を切ると、手元を見ていた視線を上げて、横に座っている英二の方を真直ぐに見て言った。

「死ななくてよかった・・・と思ったのは初めてかもしれない。こうして、また会うことができた」
「・・・アッシュ」

アッシュは英二の黒い瞳をじっと見つめた。
英二もアッシュの言葉に胸に迫るものを感じて、アッシュの宝石を思わせる澄んだグリーンの瞳をじっと見つめ返したが、だんだん頬の辺りが熱くなってきたような気がして、思わずアッシュから目を逸らした。
アッシュの目を見つめたのは時間にして1分もなかったと思う。でも、英二にはとても長い時間に感じられた。

「どうしたんだ?」

急に目を逸らした英二に不審そうにアッシュが訊いてくる。

「ううん。なんでもないよ。もう1本バドワイザーを持って来るよ」

急に立ち上がって台所へと消えた英二にアッシュは「ふっ」と笑って、缶に残ったバドワイザーを飲み干した。


「びっくりしたな〜」

台所へと追加のバドワイザーを取りに来た英二はひとりごちた。
アッシュの言葉は英二の質問に答えるものではなかったけれど、アッシュが詳しく語らないのなら、それで充分だ。こうして、アッシュとまた会えたのだから。
生き延びたことを素直によかったと言ったアッシュの言葉に感極まるものがあったけど、それ以上に驚いたのは自分の反応だった。
アッシュの自分を見つめる目がすごく優しく感じられて、なんだか居たたまれなくなって、思わず席を立ってしまった。
英二は先ほどの見つめ合ったことを思い出すとまた赤くなった。


「遅かったな?・・・どうした?お前、なんか赤いぞ?飲み過ぎじゃないのか?」

缶を二本とポテトチップスの袋を持って戻った英二にアッシュが声を掛けた。

「もう少し摘まむものが欲しくて探してたんだよ。それに大丈夫。まだ飲めるよ」
「それならいいが、程々にしとけよ。オニイチャンは強くないんだから」

にやにや笑ったアッシュに英二はむっとして言い返した。

「いいんだよ、今日はお祝いなんだから!」

1つ言い返せば10は返ってくるいつものアッシュを想定して身構えた英二だったが、予想に反してアッシュは目に優しい光を浮かべて同意した。

「そうだな。もう少し飲もうか」

英二はまた頬が熱くなるのを感じた。


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