英二の部屋探し 07

小走りで追いついた英二はアッシュに声を掛けた。

「来ると思ってなかったから、びっくりしたよ。よく、ここに居るのが分かったね?」
「アレックスから聞いたからな」

アッシュはまだ不機嫌そうに言った。

「あぁ、そうだったね。でも、あんな風にシンの耳を引っ張ったり、急に帰るなんて悪いよ」

英二の抗議に「こちらの気も知らないで」と思わず声を荒げそうになった。
ジェシカに説教されて、帰る途中でたまり場に寄ったところ、アレックスから英二がチャイナタウンでシンと一緒にいると聞いて慌てて駆け付けた。
シンの行動は結構見え見えで油断がならない。
見えてないのは英二本人だけだ。

(英二が納得ずくならオレが口を出すことではないけどな)

そう自分に言い聞かせてみようとするが、英二に近づく奴がいるのが面白くないのは否めない。
ただ、この気持ちが何なのかは自分でもよく分からない。
今はまだ面白くないと思う自分がいることを認められれば十分だ。たぶん。

駆け付けてみると思った通り、英二はシンに取り込まれそうになっているところだった。
それに気づかず呑気な様子で自分を諭してくる英二に腹が立ったが、ジェシカの「言葉にしなきゃ伝わらない」という言葉を思い出し、ふっと気を緩めてバツが悪そうに言った。

「悪かった」

アッシュは一度言葉を切った後、前を向いたまま言った。

「英二・・・・・明日からは一緒に引っ越し先を探そうか」

英二は言われた内容がよく分からず聞き返した。

「君が一緒に探してくれるの?」

英二がまだ理解していないことを読み取り、アッシュは英二に聞こえないように軽くため息をつくと言い直した。

「“オレたちの”引っ越し先を探そうと言っているんだ」

アッシュが「聞こえなかったのか?」と思わず確認したくなるくらいのたっぷりの沈黙の後、英二は言った。

「???“オレたち”・・・?・・・ぼくも・・・一緒に引っ越すの?」

大きな黒い目をキョトンと見開いて、こちらを見ている英二に軽く苛立ちを覚えながらアッシュは言った。

「・・・行くだろ?」

「『行かない』なんて言わないよな」という一抹の不安を顔に出さないよう努めながら英二に訊く。
言葉で伝えなくちゃと思う一方で「一緒に居てくれ」なんてそうそう言えたもんじゃない。
これが今の自分の精一杯で、言葉足らずの自分も悪いが英二の鈍さにも程がある。

(いい加減分かれよ!)

英二はアッシュの心の声も虚しく、少し俯いた後、上目使いでこちらを見ながら答えた。

「そりゃ、行きたいけど、何から何まで君の世話になっても・・・」

最後は目を伏せてしまい、小さな声で「いいのかな」と消えるような声で言った英二の言葉を聞いてアッシュは小さく舌打ちした。

(そういうことか)

自分も不必要に遠慮して英二の部屋探しを受け入れたことはすっかり棚上げして、いつまでも自分に遠慮する英二に腹が立ったが、そんな英二の性質を分かりきっているはずなのに、英二の「自分で部屋を探す」という言葉に情けなくも動揺して子供みたいにふてくされて当り散らした自分に一番腹が立った。

「・・・毎日、朝飯作ってくれれば充分だ」

俯いてしまっていた英二がアッシュの言葉に弾かれたように顏を上げ、言葉の意味を反芻しているのかアッシュをじっと見た。

「・・・『一緒に暮らそう』とか言わねーからな」

英二のびっくりした顔が段々と嬉しそうな顔に変わった。
もう、「一緒に暮らそう」と言っているようなもんだ。
輝くような笑顔になると、今度は少し意地悪そうににやにや笑いながら、隣をすたすた歩くアッシュを覗き込んだ。

「・・・覗き込むな」

そう言って横を向いたアッシュの耳が少し赤く見えたのは、たぶん気のせいじゃない。
こらえようと思って英二は両手で口元を押さえたが、笑いがこみ上げてくる。

(一緒に暮らしたいと思っていたのはぼくだけじゃなかったんだ)

「何、にやにやしてるんだ。ただで住めるほど甘くねえぞ。朝飯は毎日だぞ?」
「いいとも。引っ越し先にぼくの部屋を用意してもらう分、君の朝ごはんくらい作ってやるよ。今なら、目覚まし付きだよ?毎朝、寝起きの悪い君を根気よく起こしてあげるよ」

無理して離れる必要はない。
自分にできることをできる範囲でやればいい。
役に立ってないなんて思う必要もない。役に立てることを探せばいいのだから。

「アッシュ、なんか食べに行こうよ。君が邪魔したから、小龍包も途中になっちゃったよ」
「ふん。・・・何食いに行こうか?」

******

数日後、日系の店も多いから、と二人はイースト・ビレッジにほど近いセキュリティ完備のアパートを一目見て決めることにした。

「英二、ここでいいのか?アレックスからお前は結構条件に厳しくて、何を見てもいいって言わないって聞いてるぜ?そんな簡単に決めていいのか?」

(どこを見てもしっくりこなかったのは、アッシュがいない生活を想像できなかったからなんだな)

「『アッシュと一緒ならどこでもいい』だなんて、とても言えないや」と思いつつ英二は笑顔で答えた。

「うん。全然問題ない」


END

2012年8月4日

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