再会 08

「・・・それでもぼくはアッシュを探し続ける」

英二の意思の強そうな目がシンを見据えた。大きな黒い瞳は涙で潤んでいる。

「帰国したときのように後から『なぜもっと探してみなかったんだろう』と思いたくない。納得するまで探したいんだ」

(アッシュはもうあんたの前には姿を現さないって言ってるんだぜ!これからずっと、そんな泣きそうな顔して生きていくのか!?)

強情な英二にシンはイラついた様子で言った。

「いい加減にしろよ。もう会えない奴の影を追っても前に進めないだろう!?」
「・・・ないよ」
「え?」

英二の言葉が聞き取れずにシンが聞き返すと、英二は目をきゅっと瞑り、既にいっぱいに溜まっていた涙がぽろぽろと零れた。

「とっくに進めないよ!アッシュが“死んだ”と聞かされた1か月前からぼくの時は止まったままだ!」

英二は左の手で胸の辺りのシャツを強く握りしめた。

「・・・アッシュが一緒じゃないと前に進めないんだ。前に進めないし、進みたくもないよ!それなのに!・・・どうして、ぼくは一人で帰ってしまったんだ!!」

胸の内を吐き出すように叫んだ英二は俯いてしまい、足元のアスファルトには大粒の涙が落ち、黒いシミを点々と残していた。
英二にこんな激しい感情があるなんて知らなかった。英二はいつでも皆に優しくて、いつでも穏やかだったから。
空港で再会して以降、一度も涙を見せなかった英二はどんな気持ちでアッシュとの思い出がある場所を廻っていたのだろう。その英二がアッシュのために自身を責めて、涙を流している。
(アッシュはこんなにも英二の気持ちを乱すんだ・・・)

涙を流す英二を抱き締めたいと思うのと同時に、英二の心をこんなにも乱すアッシュが脳裏に浮かぶと胸辺りがちりっと熱くなったような気がした。
引き寄せられるようにシンは英二の傍へ寄ると、傍に来たシンに気付いて顔を上げた英二の顔に両手を添えると唇を英二の唇に寄せた。
「え?」と英二が思う間もなく、シンは英二の視界から消えていた。

「ってぇ・・・」

シンが尻餅をついたような恰好で英二から離れた位置に倒れて、手の甲で口元を押さえている。抑えた口元からは血も出ているようだ。

「シン!・・・・・!」

座り込んでいるシンは目に入ったが、英二とシンの間に肩で大きく息をして背を向けた青年に英二の目は釘づけになった。
ジーンズの上着に穿き古したジーンズ。見慣れた格好よりも何よりも、陽が落ちかけた夕暮れの中できらきらと夕陽を反射して光るブロンド。見間違えるはずなんてない。

「・・・・・アッシュ・・・・・」

「会わない」なんてシンに言い切ったものの、英二が気になり、シンには気づかれないようにしてアッシュは一日、二人の後をつけていた。
さすがに話が聞こえる場所まで接近するとシンに気付かれる可能性もあったので、距離を取りつつ、様子を見ていた。話す内容が聞こえる距離ではなかったが、二人は一日、観光をしていたと思ったら、ロックフェラーセンターで雲行きがあやしくなってきた。口論しているようだった。もう少し近づいて会話を聞こうと思っていたところ、大声で何かを喚いた英二にシンが近付いたと思うと、いきなりシンがキスをするという展開に思わず飛び出してしまい、シンを殴り飛ばしてしまった。
考えもなく飛び出してしまった自分に驚き、また予定外に英二の前に出てきてしまったことに動揺して、アッシュが固まっていると英二とシンが目を見開いてこちらを見ている。
再び英二の目が潤んでくると、涙がぽろっと零れ落ちた。
シンには英二が微かに震えているのが分かった。

「・・・・・アッシュ」

英二は声を震わしながらもう一度言った。
アッシュはゆっくりと振り返った。

「・・・やっぱり生きていたんだね・・・」
「・・・英二」

ようやく英二の名前を口にするときゅっと目をつぶって、体を返す。
その場を逃げ出そうとしたアッシュに英二は体中から声を振り絞って叫んだ。

「待って!アッシュ!」

そこから逃げてしまえばいいのは分かっているのに、もっと英二の声を聞きたい、英二の顔を見たいという誘惑に勝てずにアッシュは背を向けたままだが立ち止まった。

「アッシュ、そのままでいいから聞いてくれないか?」

アッシュから返事はなかったがその場を動かないのが返事だとして、英二は続けた。

「君のことだ。また『一緒にいない方がいい』とか思っているんだろうね。でも、君はぼくの気持ちを考えたことがあるかい?日本に帰ったと思ったら、君が死んだと聞かされて、目の前が暗くなったよ」

アッシュの体が少し震えたように見えた。
英二は一度言葉を切り、思いを込めて続けた。

「君がぼくを大事に思ってくれるように、ぼくも君が大事なんだ。多少、危険でも・・・」
「多少じゃない!また、撃たれたいのか!?」

アッシュが勢いよく振り返った。息を荒くしている。
英二はアッシュの声に驚いて一瞬目を丸くしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべて、アッシュの方へとゆっくりと近づいた。
野良猫に近づくときのように怖がらせないように、そっと。
手が届く距離まで来ると大事なものを触るようにアッシュの頬に両手を添え、大きな黒い目でアッシュを見つめた。

「・・・まだ君は君を取り巻く環境と戦っているんだね。そして、君はこれまでずっと自分の力だけで生きてきて、人との関わり方を知らないんだね。・・・アッシュ、僕たちは友達だろう?」
「・・・・・あぁ」
「じゃあ、オニイチャンが君に教えてあげるよ。こういうときはこう言うんだよ。『一緒に戦おう』って」
「!」

アッシュはきれいな翡翠色の瞳で英二を凝視している。英二から視点を動かさないが、瞳の奥が迷っていた。

「どうして一人で全てを背負おうとするんだい?危険だったら君が守ってくれないかな?ぼくは銃の扱いとか戦うのは得意じゃないけど、その分、君が背負っているものを一緒に背負うのではだめかな。・・・一緒に背負いたいんだよ」

迷っていた瞳がくっと細められ、形のよい眉が歪んだ。

「・・・・・英二・・・・・いいのか?・・・オレのような人間がそんなこと思ってもいいのか・・・?」

英二は凍てついた凍土も溶かすような春の日差しを感じさせる暖かい笑みを浮かべて言った。

「いいんだよ。ぼくが君の傍に居たいんだ」

長い沈黙の後、アッシュは英二をじっと見つめ、おずおずと壊れやすいものを手にするように、両腕で英二を抱え込んで抱き寄せた。

「・・・sorry。『一緒に運命に立ち向かってくれ』」

そうそっと囁くと英二を抱きしめる腕に力を入れ、アッシュの目からも静かに涙が一筋流れ出た。

「お帰りなさい、アッシュ」



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