再会 06
人種のるつぼのニューヨークにも黒い髪の者は多数いるが、見間違えるわけがない。
柔らかそうな黒髪に思いのほか意思の強そうな眉の下に大きな黒い目。そして穏やかで優しい横顔。
伊部が英二の肩を抱くようにして並んで出てきた。
英二は少し焦燥しているようにも見える。
「英二!」
「シン!」
「イベも久しぶり。って言っても、たった1か月とちょっとけどな」
シンは肩をすくめた。
「こんなにすぐにここに戻ってくるとは思わなかったよ」
伊部が人懐こい顏で苦笑した。
伊部が持つ荷物に手を差し伸べたシンを見て、英二は優しく微笑んだがそれもすぐに曇った。
一方、笑顔の曇った英二の顔を見て、シンは居心地が悪かった。
(ほんとは死んでないもんなー。「アッシュは生きてるんだぜ」って言ってやったら、英二、喜ぶと思うんだけど・・・。ユーシスの奴、何を考えてるんだろうなぁ。)
シンの泳いだ目を、悲しさに逸らされた目と勘違いした英二は
「シン。行こうか」
弱々しくではあるがシンを気遣うように少し笑って、伊部とシンの二人を促した。
(居づらい・・・。とてつもなく、居づらい。)
英二は何もしゃべらず、外をじっと眺めている。英二がしゃべらないので、伊部も時折英二の様子をちらちらと見てはいるものの、やはりしゃべらないので街へ向かう李家の車の中は静まり返っていた。
声を掛けようにも2人が黙っているので、何を言ったらいいか分からない。
(そりゃ、そうだよな。“アッシュが死んだ”との連絡を受けて文字通り、飛んできたんだもんな。)
近づいてくる、マンハッタンの高層ビル群を映す英二の大きな目は何を考えているのか分からない。
ただ、思っていたよりは元気そうに見える。
シンも無理に話し掛けることは諦めて助手席に座ったまま、前を見るのに専念することにした。
少しの渋滞を越えて、空港から1時間弱も走ったところで、車は止まった。
黒いサングラスに黒いスーツ姿の男が後部座席のドアを外側から開けた。
「英ちゃん。着いたみたいだよ。」
開かれたドアとは反対側に座っている英二に声を掛けた後、伊部は怪訝な顔で周囲を見渡した。
茶色の煉瓦作りの建物で黒い階段が玄関へと続いているが、窓はやや小さめに作られており、建物の中は暗く、中の様子は全く見えない。
黒い扉が開き、中から猫が歩くようなしなやかな身のこなしで、ユーシスが男たちに伴われて出てきた。
「Mr.伊部。お久しぶりですね。」
伊部は車から降りかけた姿勢のまま、警戒を緩めずにユーシスを睨んで言った。
「・・・今回、再入国に尽力してくれたことにはお礼を言う。但し、あんたが俺たちにしたことを忘れたわけじゃないぞ。英ちゃんがどうしても来たいと言うから、世話になることにしたんだ」
不審を露わにする伊部に向かってユーシスは本心の見えない営業スマイルで
「あなた方がぼくを警戒されるのは十分分かっています。それだけのことをしたのですから。でも、もう“戦争”は終わったのです。そんなに警戒しないでください。・・・長旅でお疲れでしょう?」
右手を扉の方へと向け、中へと誘った。
「ふん」と鼻を鳴らして、伊部が車の中を振り返り、英二に言った。
「英ちゃん、降りようか」
「あぁ、降りるのはあなただけです。君は行きたいところがあるんだったよね?」
「え?そんなわけには・・・」
抗議しようとする伊部の両脇にはいつの間にか黒服に身を固めた男たちが近づいていて、乱暴ではないものの、有無を言わさぬ力で屋敷の方に連れて行こうとする。
「伊部さん。ごめんなさい。夕方には必ず戻りますから」
英二が車の後部座席の奥の方から体を曲げて、顔を少し覗かせたと思うと申し訳なさそうに言った。
「英ちゃん!?」
「英二くんにはシンが付いてますから大丈夫です」
そう言うとユーシスは建物の方へと歩き出し、伊部は顔は車の方を振り返りながらも両脇を男たちに抱えられるようにして連れて行かれ、扉は来たときのようにまた閉まった。
(聞いてねー)
伊部以上に戸惑ったのはシンだった。
助手席でユーシスと伊部のやり取りは聞いていたものの、英二が渡航前にユーシスと話をしていて、「行きたいところがある」なんて全く聞いてなかった。
ユーシスの話しぶりからすると、とにかく英二に付いて行けばいいということらしい。
(しばらく様子見るか)
伊部が降りて余裕ができた後部座席へとシンが移ると、未だ展開に付いて行けないシンに向かって、英二は花が開くような笑顔で言った。
「シン、申し訳ないけど付き合ってくれる?」