再会 04

「英二に会わせてあげるよ」

アッシュは言葉の意味が分からないといった様子でユーシスを凝視した。

「ふぅ」とわざとらしく、ため息をつくと、さも残念そうな顔でユーシスは言った。

「おや、聞こえなかったのかな?それとも、寝たきりで筋力以外にも理解力まで落ちたのかな?理解できるように言い換えてあげよう。『英二がここ(ステイツ)にやってくる』」

泣く子も黙るリンクスのボスにして、ストリートギャングのカリスマにはそぐわない呆けた顔をしてアッシュは黙った。
ようやく、ユーシスの言う意味を咀嚼できたのか、たっぷりと押し黙った後、まだ完治していない腹部が痛むのも意に介せずアッシュは勢いよくベッドから起き上がると問いただした。

「なぜ!?英二は日本に帰ったんだろう?せっかく帰ったのになぜ来るんだ!?だいたい、あいつだって撃たれた傷は治りきってないだろう!?」

アッシュの顔が段々紅潮してくる。少し前まで、全てにさしたる関心がない顔をして受け答えしていただけで、およそ生きる気力といったものが感じられない様子だったのが、「英二が来る」と伝えた途端に生気が戻ってきた。

「なぜ?そりゃあ、ぼくが伝えたからね。『アッシュはラオに刺されて死んでしまった』とね。君の死に顔が見たいかと聞いたら、『来る』と答えたよ」

「・・・ヤロウ。何を企んでいる?」

「別に何も。強いて言えば、あいつの絶望する顔が見たいから、かな。ビザの問題はあるけど、李家の力を以ってすれば、来月には再入国できるよ」

ユーシスの意地悪な物言いにシンがさすがに割って入った。

「あんた!まだ、そんなこと言ってるのか?いい加減に・・・」

シンが言い終わらないうちに、ユーシスは手に持っていた中国風の扇子で口元を覆うと、ぷいと顔を背けた。そして、くるりと踵を返し、部屋の出口へと向かった。そして、出口で顔だけ振り返ると言った。

「うるさい野蛮人を2人も相手にする気はないよ。せいぜい、二人であいつの出迎え方でも相談したらどうだい」

人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言い放つと、今度は振り返りもせずに、出て行った。電気の点いていない続き部屋にユーシスの黒いチャイナ服が溶け込むようにして消えて行った。



ユーシスは続き部屋と廊下を隔てるドアから出て、中庭へと向かった。

フォックス大佐との戦いがあったから、自分が手を下さなくても、アッシュと英二は別れてしまったかもしれない。
しかし、自分の放った刺客によって、二人が引き離されてしまったのは事実だ。
二人の世話を焼こうなんて気は毛頭ないけど、アッシュに対して負い目は作りたくなかった。
お膳立てはした。
あとは物理的な距離を詰めた二人の問題だ。
さすがに“生きている”と伝えて仲を取り持つ義理まではない。

「抜け殻のような君では面白くないからね。・・・借りは返したよ、アッシュ」

そう呟くと、中庭に面して窓が並ぶ廊下を進み、掃出し窓があるところまで来ると中庭へと入っていった。
天気のいい昼下がり、眩しい日差しの中、ランチの用意されたテーブルへと進むユーシスは足取りは軽い。
目覚めたアッシュに英二の入国を告げたことで、引っかかっていた胸のつかえが取れたようだ。
これで、これから会うビジネスの相手に集中して駆け引きができる。
アッシュと話していたときと変わって、ビジネス向けの笑顔を貼りつかせ、ユーシスは相手に声を掛けた。

「ミスター、お待たせして申し訳ありません」



ユーシスの出て行った後、広い部屋にはアッシュとシンの二人になった。
アッシュは浅葱色の薄手のカーディガンを肩に羽織り、ベッドの上で上半身を起こし、シンを見ている。見ているというよりも睨みつけている。
たっぷりの沈黙の後、不機嫌さを隠しもせずに言った。

「追い返せ」
「え?なんで!?会わないの!?あんたが生きていたって知ったら、あいつ喜ぶぜ?」

(さっき、驚きながらもあんなに嬉しさを隠し切れない顔をしたのに!?)

「“なんで”?そんなことも分からないのか?オレは死んだ人間だぜ?しかも稀代の殺人鬼アッシュ・リンクスだ。英二とは元々住む世界が違う。お前も含めて、オレたちはもう会わない方がいいんだ」

シンは椅子に座って、アッシュが話す口元をぼんやり見ながら思った。

(そうかなぁ。だって、オレたち一緒に戦ったよ。住む世界が違っても一緒に戦えるんだぜ?)

「英二は平和な日本で暮らした方がいい。オレなんかと一緒にいたら、こちら側の人間だと思われ、危険に晒される」

アッシュの話を聞いているうちにシンはなんだか胃の辺りがムカムカしてきた。
アッシュはなんて一方的に決めつけるんだろう。
(英二はあんたのものなのかよ)
シンはようやく声を絞り出して言った。

「・・・英二は籠の鳥じゃないぜ?」
「何?」



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