再会 02

「ラオに刺された・・・」

(そうだった。英二の手紙を見て衝動的に空港へ向かおうとして、珍しく周囲に全く注意を払わなかったオレはラオに刺された・・・。)

アッシュは刺されたときの記憶と同時に英二からの手紙のことを思い出し、思わず手を強く握りしめた。
(英二の手紙は・・・?)

ふと、サイドテーブルに目を遣ると涙と血の跡だろうか、少し汚れも付いて皺になった手紙が置いてあった。手を伸ばし、壊れものを扱うようにそっと手に取ると、じっと見つめた。

(英二・・・・・。)

手紙を手に取り、黙り込んだアッシュに少し目を遣るとユーシスは続けた。

「その手紙、しっかり握って離さないから、取り上げるのが大変だったよ。君を追い詰めるのに、ラオを焚き付けたことくらい自覚しているからね。弟かわいさに憎悪が君に向いているのも分かっていたから、ラオの動向には注意を払っていた。これでも責任を感じているんだよ。でも、まさか君があんなに隙を見せて、ラオなんかに刺されるとは想定してなかったから、ぼくの部下たちから連絡が入って、正直あせったよ。それに、図書館みたいな人の目があるところで倒れ込むから、回収が大変だった。・・・聞いているのかい?」

ユーシスが一方的に経緯を説明している間、手紙を見つめたまま、全くこちらを見ようとせず、反応もしなくなったアッシュが気になり、確認する。
アッシュは目を上げようともせずに、リンクスのメンバーが聞いたこともない不安そうな声で、絞り出すようにユーシスに問い掛けた。

「・・・・・英二は帰れたんだな?」

アッシュの声は少し震えている。手にした手紙もかさかさと音を立てるのは、窓から流れ入ってくる優しい風のせいだけではないだろう。

「少しは思い出したようだね。あのジャップは日本へ帰ったよ」

“英二が無事に日本に帰った”と聞いて、ようやく安心したのか、ほっと息を吐き出した。

「・・・そうか」

英二の身の安全を聞いて、ユーシスの存在をすっかり忘れて、表情を穏やかにしたアッシュに「ふん」と鼻をならし、面白くなさそうな顔で一瞥するとユーシスは続けた。

「君は稀代の殺人鬼で、既に一度死んだことになっているとはいえ、有名人だからね。暫くは目立つようなことは避けた方がいい」

ラオに刺されたこと、英二の帰国を思い出し、少しずつ状況を把握しつつあるアッシュは段々調子が出てきたのか、手下が憧れてやまない優雅かつ傲岸な態度でユーシスに聞いた。

「それで、なぜオレを助けた?お優しい李家のご子息が何の損得勘定もなく、オレを助けるとは思えないな。バナナフィッシュはもう、わずかばかりも残っちゃいないぜ?」

(あぁ、これでこそ、アッシュだ)

以前の調子で挑発的な言い方をしてきたアッシュにユーシスは少し気をよくして答えた。

「あんな危ない諸刃の剣のようなモノはいらないさ。ステイツの懐に飛び込んだつもりで、喉元に刃物を突きつけられるような思いはごめんだよ」

少し言葉を切ると、ユーシスは目を細め、薄い笑みを浮かべて続けた。

「ゴルツィネの手から自由になり、目的を果たした君がどのように生きるのか見せてもらうよ。幸せに抱かれながら、死んで楽になろうなんて許さないよ・・・」

不遜な態度で自分を助けた理由をユーシスに問い質したアッシュだったが、“今後”を聞かれると、すっと無表情になり答えた。

「別にどのようにもない。ただ生きていくだけだ」

ずっと熱望していたゴルツィネの手から逃れての自由。
自由・・・にはなった。
自由にはなったけど、何の感慨も湧いてこない。
したいことなど何もない。
正確にはしたかったことはもう実現しないことだ。
小舟に乗って、大海原にぽつんと漂っているような感じ。
自由である一方で、心許ない。
見渡しても何も見えないし、どちらに進んでいいのかも分からない。
そもそも、自分はどちらに進みたいのかさえも分からない。
英二・・・・・。
英二がいないと心にぽっかりと穴が開いたようだ。

急にばたばたと人が入ってくる音が近づいてきたのに気づき、アッシュは思考の波間から引き戻された。

upしちゃうと修正できないから(いや、してもいいんだろうけど)、小心者の私はどきどきです。
(2012年4月6日コメントから)

inserted by FC2 system