Stay with me -after Xmas-

「笑いごとじゃないよ!」
だん、とテーブルに置かれたカップは英二の人柄が出ていて、抗議としては少し優しめな音を立てた。
「ごめんねぇ。そんなに真に受けるとは思わなかったのよぉ」
ジェシカは子供をあやすように英二の髪をわしゃわしゃと撫でた。
「おかしいと思ったんだ。日本のクリスマスは恋人たちが盛り上がるって話を僕から聞いていないというだけで、なんであんなにショック受けるのか分からなかったんだよね」
おかしくて涙が出たのか少し長めの爪に赤を乗せた指先で目元を押さえたジェシカに英二は頬を膨らませた。
英二はバイトの帰りにマックスとジェシカの家によく立ち寄る。
取材に行っていたり、記事を書いて部屋に籠っていたりと必ず二人が揃っているとも限らないが今日はマックスが取材に出ているらしい。
立ち寄った英二にコーヒーを勧めてくれながらジェシカに先回アッシュがマックスのところから帰った後、問題は起きなかったかと聞かれて英二は全てを察してジェシカを問い詰めて今に至る。
「ちょっと言っただけよぉ。私も家に居たときにアッシュがやって来て、マックスと面白そうな話をしているから、少しだけ口挟んだだけよ」
言葉では謝りつつもおかしそうに目が潤んでいるジェシカも自分のカップにもコーヒーを注ぐと椅子を引いて、英二の目線に合わせた。
「・・・ジェシカ。少しじゃないでしょ?」
英二が眇めた目でジェシカを見る。
「マックスが日本のクリスマスは恋人がいると恋人と過ごすってイベから聞いた話をアッシュにしたら、あの子、それまで英二から聞いた日本のクリスマスを得意げに挙げ連ねていたくせに『そんな話は英二から聞いてない』って不服そうな顔するから言ったのよ。『自分たちは恋人関係ではないと思っているから言わなかったんじゃない?』って」
英二ははぁ、と大きなため息をついた。
「・・・ジェシカ。それは思っていた以上にひどいよ」
「ごめん、ごめん。そう言ったら、途端に顔色変わって急に帰っちゃったから、大丈夫だったかしらって少しは気にはしていたのよ?」
「心配って顔じゃないよね?」
口を尖らせて英二が抗議するとジェシカはきらきらと輝く長い髪を揺らめかせて笑った。
「深刻には心配してないわ。だって」
一旦言葉を途中で止めるといたずらそうに青い瞳を輝かせた。
「英二が言わなかった理由なんて明らかじゃない。アッシュが分からない方が驚きよ。でも、むしろ仲が深まったんじゃない?」
「・・・」
「ふふ。肯定ね。英二、今度、匿名でいいから寄稿しなさいよ。どうやって過ごすのかとか、どうやって愛し合うのか・・・とか」
「ジェシカ!」
英二は顔を真っ赤にして抗議する。
「半分冗談よ」
「半分なんだ!?」
「そうよー。今、そういう記事に読者は食いつきいいからね。あなたたちの写真が載せられないのが残念だわ。あなたは勿論、あの憎たらしいクソガキも黙っていれば写真映りいいからね。二人並べて二人の日常を記事にするだけで部数増えるわよぉ」
雑誌編集者の顔を全面に出してきたジェシカに英二は苦笑するしかない。
「さ、コーヒーも飲み終わったならそろそろ帰ったら?心配性の彼氏がそろそろ迎えに来るわよ。帰ったら心配なんてしないくらいに愛してあげなさいよ」
「もう、やめてよ!恥ずかしいよ」
耳まで赤くした英二が立ち上がり、コート掛けに掛けていた自分のコートを手に取ったところで外に続くドアがノックされた。
がちゃりと音を立てて開けられたドアからアッシュが顔を出す。ドアの上に備えられた外灯の光を受けて、薄い金の髪がきらめく。
「英二、帰るだろ?」
「ほら」
「うん。ちょうど帰るところだったんだ。じゃ、ジェシカまたね」
アッシュに背中に手を添えられながら英二が振り向いて別れを告げる。
ばたんと音を立ててドアが閉じられるとジェシカは口元を手で覆って、くくっと笑った。
「あんな澄ました顔して、いったいどんな顔で英二に問い質したのかしら。今度、もう少し詳細に聞かなくちゃね」

2019年10月7日

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