Secret present 03

遠くにはマンハッタンのビル群が見える。広いと思っている街もこうして離れて見ると小さく見えて、変な感じだ。
風を切って水面を進むフェリーの甲板で自分たちの住む街を眺めながら、英二は大きく息を吸い込んだ。
「お天気いいし、風も気持ちいいね」
アッシュは陽を受けてきらきらと輝く髪を風になびかせて、横に並ぶ英二に顔を向けた。
「お前のことだから、もっとブランカから話を聞きたがるのかと思ってたよ」
「・・・」
「なんだよ」
英二はアッシュの顔をじっと見つめた後、顔を逸らして、言いにくそうに少し言い淀んだ後にぽそりと呟いた。
「・・・急に何とも言えない気になって・・・」
一言押し出すとフェリーの進みに合わせて水面を走る煌めきに視線を移してしまう。
「え?」
「最初はすごく楽しかったんだ。君の子供の頃の話を聞けて、楽しかったんだ。でも・・・」
英二は一旦、言葉を切ると両手で甲板の手すりを掴んだまま、アッシュの方へ再び顔を向け直した。
「でも?」
「ブランカは君のことを小さい頃から知っているから、何でも分かるんだなぁ、って。そりゃ、僕も君が今日、楽しそうにしていることくらいは分かったけど、あんな何でも分かるなんて言えないなぁ、って思ったら急に君と二人になりたくなって」
「英二・・・」
アッシュは信じられないものを見るように翡翠色の目を見開いた。
英二はグリーンの瞳が自分を凝視していることに気づかずに続けた。
「急に行こうなんて言ったから、ブランカも驚いたよね。今度会ったら、もっと君の子供の頃の話を聞かせてもらおう、わっ」
アッシュは両腕を伸ばして、照れた笑いを浮かべた英二を自分の下に引き寄せ、英二の首元に自分の顔を埋めてささやいた。
「英二は皆の知らないオレをいっぱい知ってるだろう?そして、これからももっとオレを知っていくんだろう?」
「アッシュ・・・」
アッシュの片手でぎゅっと頭を抱え込まれると英二はおずおずとアッシュの背中へと自分の手を伸ばした。
英二の耳元に口を寄せたまま、ささやく。
「英二のことももっと教えてくれよ」
「・・・うん」
英二から少し顔を離すとアッシュはにやっと口角を上げた。
「それにしても、オニイチャンのやきもちが見られるなんてな」
アッシュの言葉にアッシュの体に回していた腕を勢いよく伸ばして、アッシュから体を離して抗議の声を上げた。
「やっ、やきもち!?そ、そんなんじゃ、ないよ!」
「えー、違うのー?」
アッシュはわざとらしく残念そうに英二の顔を覗き込むと再び英二の肩口を引き寄せ、素早く英二の唇を奪った。
「やきもちってことにしておけよ。今日はオレの誕生日なんだろ?」
水面の光を受けて澄んだ輝きを見せる翡翠色の瞳がいたずらそうに英二を見つめた。

「あぁ、ブランカか?・・・あぁ、フェリーに乗って、飯食ってきたよ・・・え?あんたからはもう、最高の誕生日プレゼントをもらったよ。・・・あんたがベラベラ喋ってくれたおかげで英二のやきもちなんて、滅多に見られないものが見られたよ。いいプレゼントだったよ、サンキュ、セルゲイ」
アッシュが受話器を置くとチンと小さな音がした。
英二がテレビを見ているリビングとは違う部屋に引かれた電話からブランカの宿泊するホテルへと電話をかけ終わったアッシュは口元に笑みを浮かべて、英二の待つリビングへ向かった。

「・・・」
通話の切れた受話器を呆れた顔でしばらく見つめた後、ブランカは受話器を元に戻した。
「アッシュの奴、上機嫌だったなぁ。誕生日を忘れていて、すまなかったと思ったが、プレゼントをもらったのはむしろ私の方だったかな。・・・あんな嬉しそうな声を聞かせてくれるとはな。・・・よい誕生日を、アッシュ」

2018年8月12日

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