想う 前編

かちゃかちゃとフォークが皿を引っ掻く音に混じって、ずずっとコーヒーを啜る音がした。

「・・・・・器用だね」

英二が冷ややかな声を掛けた。英二の視線の先ではアッシュが片脚を立てて
椅子に座り、右手に持ったフォークでサラダボウルを掻き回しながら、左手では
マグカップに注がれたコーヒーを啜っている。
サラダを食べる気なのか、コーヒーを飲む気なのか、フォークも動かしつつ、
コーヒーをちびちびと飲んでいる。
とは言っても、サラダも先程からたいして口の中に入っていかないし、
というよりも、そもそもフォークに殆ど引っ掛からない。(だから英二の目には掻き回しているようにしか見えない)
コーヒーもまだ熱いらしく、時折啜るくらいで殆ど減ってない。

「だいたい、行儀悪いよ?ほら、ちゃんと座って」

英二は自分の椅子から立ち上がって、アッシュの両脇に手を差し入れると子供を立たせるようにアッシュの体を少し持ち上げて、座り直させた。
アッシュはぼんやりとした眠そうな目を英二に向けていたが、次第に目に光が戻ってきて、憮然とした顏をした。

「英二、サラダはもう少し綺麗に盛ったらどうだ?」

「ま、食えば一緒だけどな」と言いつつ、サラダに手を伸ばしたところで、さすがに英二がキレる。

「君が掻き混ぜたんだよ!」

これが二人のいつもの朝の風景。



アッシュが新聞を片手に2杯目のコーヒーを口元へ運んでいる向かいで英二はどことなく落ち着かない。
マグカップを両手に持って、コーヒーを飲みながら、時折、顏を上げてアッシュの様子を窺っている。
そして、意を決したようにすっと軽く息を吸い込んで、アッシュに声を掛けた。

「ねぇ、アッシュ、お使いに行って欲しいんだけど、お願いできるかな?」
「お使い?」

新聞から顏を上げて英二の方を向くと英二は既に椅子から立ち上がって、サイドボードの方へ向かっていた。そして、1枚のメモを手にテーブルへと戻って来る。

「うん。これなんだけど、行ってくれるよね?」

言葉はお願いの形を取っているが、嫌とは言わせないぞという意気込みを感じさせながら、アッシュが返事をしもしないうちに「はい」とメモを押し付けてくる。
片眉を上げて、英二へ視線を送りつつ、手の中に押し込まれたメモを見るとずらっと文字が並んでいる。

「・・・・・随分、多いな」

一呼吸間を置いてアッシュが呟いた。
メモには本やら、食材やら、色んな物が並んでいて、その並びに店の名前らしきものも書かれている。書かれている対象が多いだけでなく、店と思しきものの中にはいくつか知っている名前もあるが結構遠い店だったと 記憶している。

「随分遠いじゃねぇか。・・・しかも、セントラルパークの東と西!?」

暫く無言になった後、メモから顏を上げる。

「米なんか、どこで買ってもいいだろ?」
「その銘柄が美味しいんだよ。そこの店でしか扱ってないんだ」
「・・・漫画なんか、この辺で買えるだろ?」
「あー、ダメ。予約しちゃったから」
「・・・こんな遠くの店に?お前、いつ行ったの?」
「えーと、この前、写真を撮りに出掛けたときに?」

「なんで疑問形なんだよ」と思いつつ、更に追及する。

「じゃ、一緒に行こうぜ?」
「あー、ごめん。今日はコールドマン夫人のホームパーティーの準備を手伝いに行く約束しちゃったから」

申し訳なさそうに笑って、英二が謝る。

「じゃ、明日、行こうぜ?」
「あー、ダメダメ。今日取りに行くって、もう先方に言っちゃったから」
「・・・・・・」

何を言っても答えを予め用意していたように淀みなく出て来る。
アッシュが不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、再度、メモに視線を向けた間に、英二はテーブルの上の食べ終わった皿を手にそそくさとキッチンへと姿を消した。

「じゃ、頼んだからね!」



そして、今に至る。
セントラルパークの西に位置した店から購入した漫画を手に出てきたアッシュは不機嫌そのものだった。

「こんなの近くのスタンドで買えばいいじゃねぇか」

家を出て来てから何度呟いたか分からないセリフを再び口にしながら、それでも律儀に英二に渡されたメモを再度覗き込む。

「で、次はなんだって?は?今度はパークの北!?」

ここまでに買わされたのは、日本の米(しかも少量!)、日本語で書かれたものだから内容は分からないが写真と図から判断するにカメラに関する本、そして、英二愛読の漫画雑誌。
米に関してはよくは分からないが、買った本は近くの本屋で買えない理由が分からないし、この後回る予定の公園の東に位置する店を指定されたカメラのフィルムもいつも買っているのはそんなに遠くない店だ。他にも諸々書かれたものは近くで買えそうなものばかり。統一性もない。
買い物リストの不可解さを考えるまでもなく、これには何か意図がある。英二の挙動不審がなによりの証拠だ。
アッシュの問いに答える際に視線が動かなかった。不自然なくらいに。何か隠し事をしているときに英二の癖だ。

(凝視しすぎだってぇの)

「・・・・・・」

通りを挟んで、向かいに公園が見える。マンハッタンの中央、やや北よりに
大きく陣取ったセントラルパークだ。陽射しの強い中、木々の間から
木漏れ日が差して、木の足元に置かれたベンチは心地よさそうだった。
朝は追い出されるようにぐいぐい背中を押されて家を出てきたが、ここらで
少し休憩してもよさそうな気がした。

「別に急げとまでは言われてないしな」

そこで少し休みながら、この不思議なお使いの意味と買い物リストの謎について考えてみることにした。
アッシュは信号が点滅し始めた歩道へと急ぐ。

「あ」

今日はあの日か。

2014年8月8日

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