Silent Night 08

英二の腰と頭に回されたアッシュの腕に力が込められたのとほぼ同時に、窓越しに階下からわっと声が上がるのが聞こえてきた。

「?」
「日が変わったんだ」

微かに聞こえてきた歓声にびくりと身じろぎした英二にアッシュは24日へと日が変わったことを教える。

「そっか。クリスマスだったっけ・・・・・あ」
「え?」
「クリスマスツリーだ」

アッシュの背中越しに英二が呟き、アッシュは窓の外へと振り返った。
ホテルの正面には大きい木を飾り付けたクリスマスツリーがあったが、ホテルの裏側を向いたこの部屋からツリーなんて見えただろうか。
訝しむアッシュに英二が抱きすくめられたまま、すっと指先を窓の外を指した。

「?」

窓の外には冴え冴えとした月の光に照らされて、常緑樹の林が奥の方へと続いているのが見えるばかりだった。

「ほら、あそこ」
「あ」
「ね?」

英二の指差す先を改めて追うと、窓の外、ゲレンデの方へと続く雪の斜面のまとまって立っている木の中、他の樹よりも頭一つ分高い樹が一際明るい星を頭上に頂くように佇んでいた。
装飾も何もない木だが、月光を優しく照り返す雪の斜面と上から降り注ぐ月の灯りに照らされて、1本だけ浮き上がって見える。枝に積もった雪も月の光を受けて明るく輝き、装飾を施されているようだ。

「あんなに明るいのは星じゃなくて、人工衛星かもしれないけどね」

英二の苦笑を含んだ声が耳に入る。

「星だよ」
「そうかな。目で見て明るくて、大きいのは人工衛星だって聞いたことがあるよ?」
「星だ。ツリーが頂くのは星と決まっているんだから」
「アッシュ・・・」

アッシュが力強く断言する。
ホテルの位置、部屋の位置よってはこんなに誂えたように頭上に星を従えた木を見ることはなかったかもしれない。
そう考えると二人で見たちょっとした奇跡だ。
この国に来たのも、アッシュに出会ったのも、そして、今一緒にここにいるのも途方もない確率の中で掴んだ奇跡の結果。
こんな奇跡を感じる夜なら、英二は自分の素直な気持ちを伝えられるような気がした。

「・・・ほんとに、僕、自分の気持ちがよく分からないんだけど、君から離れたくないってことだけは言えるよ。来年もこうして二人でクリスマスを過ごしたいと思うよ」
「・・・英二」

アッシュの心に温かいものが広がって行く。伝えてよかった。英二はいつでも自分を落胆させることはない。英二の気持ちを決め付けて、勝手に別れを覚悟していた自分が嫌になる。
ふっと自嘲気味に目を伏せた後、一転してにっと笑った。

「それなら、来年までにはウブなオニイチャンに自分の気持ちを自覚してもらわなくちゃな」
「なんだよ!さっきまで泣きそうになっていたくせに!」
「な!泣きそうになんか、なってねぇよ!自分の気持ちも分からないお子さまにそんなこと言われたくねぇな!」
「つい最近まで君だって自分の気持ちが分からなかったって言っていたじゃないか!」

ひとしきり互いを貶め合った後に顏を見合わせて、思いきり吹き出した。

「どっちもどっちだね」
「みたいだな」

神なんて信じなくなって久しいけれど、こんな嬉しいことが起こるなら聖夜の奇跡ってやつを少しは信じてもいいかもしれない。

「そういや、英二、知ってたか?こっちじゃ、男二人が同じ部屋を取るっていうのは、“そういう仲”だと思ってまず間違いないんだぜ?」

アッシュが思い出したように嬉しそうな顔をした。

「え?」
「こういうホテルではまず普通は別々な部屋を取るな」
「え?」
「お前の気持ちはともかく、あの爺さんはそう思ってるだろうなあ。部屋が普通にツインで用意されているのを見たときには自分の悩みも相俟って、ちょっと動揺したけど、今となっては爺さん、いい仕事するよなあ」

アッシュがニヤニヤ笑いながら、英二の顏を覗きこむ。

「英二が自分の気持ちに気付くのなんか待っていられないから、周囲にどんどん認識してもらうっていうのもありだな」
「え?」

急な展開に思考が付いて行かない。先程から、「え?」としか言葉を発していない。
アッシュの気持ちを聞かせられて、キスされたのも驚きなら、嫌悪感を抱かなかった自分にも驚いたところをなんとか自分の気持ちを伝えたばかりなのになぜこんなに追い詰められるのだろう。

「英二が考えるよりも周りに判断してもらえばいいじゃねぇか」
「ばっ、馬鹿言うなよ!僕の気持ちだぞ!?」
「さ、オニイチャン、日も変わったし、下で飲み直そうぜ?」

英二の抗議を聞き流して、アッシュはベッドの上に放り投げたままになっていた部屋のキーを片手にもうドアの方へと踏み出している。

「え?いや、その。・・・・・・さっきまでの殊勝な態度はどこに行ったんだよー!」

「ちょっと調子戻すとこれだよ」と言いつつも、英二も口元に笑みを浮かべて、既に部屋の外で英二が来るのを待っているアッシュに追い付くためにドアへと向かった。

2014年12月23日

inserted by FC2 system inserted by FC2 system