Wish in childfood 01

「じゃあ、出掛けてくる」

アッシュはそう言うと、まだ閉じられたドアの前で英二を振り返った。

「うん。行ってらっしゃい」

笑顔で応える英二にアッシュは確認する。

「もし、出掛けるなら、コングかボーンズを寄越すけど?」

アッシュの言葉に英二は少しぎくりとしたが、気づかれないように、極力、自然を装って答える。

「え?出掛ける予定はないなー」

アッシュの目がすっと細まって、片眉も心もち上がったが、英二が気づく前にアッシュは前へと向き直って、気づかせることはない。

「そうか。じゃ、ドアにはちゃんと鍵を掛けろよ。オレは少し遅くなるかもしれないから」
「うん」

ばたん。

アッシュは後ろ手にドアを閉めると、エレベーターホールへと向かった。

英二は嘘を吐くのが下手だ。
本人はそうは思ってないようだけど。
嘘を吐くとき、目が泳がないようにするためか、不自然なくらいに視線が動かない。

(大体、セリフも棒読みだ)

片眉を上げて、軽く舌打ちをすると開いたエレベーターへと乗り込んだ。



アッシュが“出掛けて”から、15分も経ったかという頃、アパートのエントランスから英二は顏出すと、辺りを窺うように左右をきょろきょろと見渡した。
そして、一通り周囲を見渡した後、安心した顏でアパートから出て来ると、足取り軽く、地下鉄の駅のある方へと歩き出す。
足取りだけでなく、表情も楽しそうで、今にも口笛を吹き出しそうだ。
直後、通りを挟んだ向かいの歩道の並木の影から人影が出たと思うと、通りを挟んだまま、英二の後を追うように歩き出した。アッシュだ。

最近、英二の様子がおかしい。
アッシュの出掛けている間に、アッシュには内緒で出掛けているようだ。
何度となくアッシュは聞いてみたが、その度、英二にははぐらかされる。

「え?家に居たよ?」

英二の挙動不審な言動で「何か隠しているな」と思ったものの、最初は「このオニイチャンは何を隠しているんだ?」と面白がる余裕もあったが、いつまで経っても英二の秘密が明かされる様子はなく、そのうち、英二から微かだが嗅いだことのない匂いがすることに気付いた。少し甘いような匂い。
外出していることを自分から言わせようと

「電話したら、出なかっただろ?」

と聞いてみたが、

「え!?・・・あ!あぁ、お風呂だよ。お風呂掃除していて、聞こえなかったんだと思う」

と最後まで言わなかった。
英二の口から出掛け先を聞きたかったが、これは後を付けてでも明らかにするしかないと、アッシュは出掛けた振りをして、英二の後を付けることにした。

英二は用心深く、周囲を見渡した割には通りの向かいにいたアッシュに気付く様子は全くない。
通りを挟んで平行に英二の後を追って行くと、地下鉄の入り口へと階段を降りて行く。

(地下鉄に乗るのか。どこに行く気だ)

英二の足取りはしっかりしていて、迷いがない。行く場所は最初から決まっているようだ。
英二を見失わないように通りの反対側の入り口から慌てて降りて、英二から少し離れて、改札を通る。
ホームに入って来た地下鉄に英二が乗るのをしっかりと確認して、アッシュも隣の車両へと乗り込む。
途中で調達した新聞で顏を遮って、開けっ放しになった車両の連結部から、英二が降りるのを見失わないようにじっと観察した。
コンクリートが流れて行くだけの暗い窓ガラスに映った英二の顔は楽しげで、これからの期待に目も生き生きとしている。
中心街に向かっているなとアッシュが思っていると、想像通り、一番の中心地で英二は降りた。

(どこへ向かうんだ?)

アッシュに内緒で英二が出掛ける理由が全く分からない。
改札を抜けて、地上に出る。
人通りも多く、大きい百貨店やら通りには店がいっぱい並んでいる。
英二はその並びの中にあるコーヒースタンドへ入って行く。
アッシュはさすがに店内まで後を付いて入って行くことは躊躇われた。狭い店内では見つかってしまう可能性も高い。
見たところ、出入り口は通りに面した1か所のみのようなので、出て来るのを待てばいい。
店の出入り口から意識を逸らさぬよう、注意を払いながら、手前の店でショーウィンドウを眺める振りをして立ち止まる。
アッシュは、一旦、通りを渡って、出入り口が見える店にでも入って待つべきかと考えたがそんな必要はなかったらしい。英二が店から出てきた。
いや、正確には英二“たち”が出てきた。

(出てきた!・・・ん?一人じゃない?)

コーヒースタンドから出てきた英二は一人じゃなかった。
無造作に跳ねる赤みがかった短めの金髪に銀の細いフレームの眼鏡を掛けた女の子が英二の隣にいた。

2013年8月6日

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