あるバレンタインの日 前編
「英二!これ、持って行ってちょうだい!」
今、まさに帰ろうとして壁のコート掛けから上着に手を伸ばした英二にジェシカが声を掛けた。
キッチンから顏を出したジェシカの手には、明るいオレンジのリボンが掛けられた手の平に収まるくらいの茶色の箱が乗っている。
振り返った英二はジェシカに申し訳なさそうな顔を向けた。
「ごめん。これから、まだ寄るところがあるんだ。またの機会にもらうね」
英二の言葉に、リビングのテーブルで数枚の写真を眺めていたマックスは不思議そうに顔を上げた。
「そんなに大きい箱じゃないし、持って行けるだろう?」
マックスの指摘に英二は一瞬言葉に詰まった後、再度断った。
「だって、それチョコレートでしょ?せっかくくれるのに解けたら嫌だし、後日、取りに来るよ」
「今日だから意味があるのよ」
眉根を寄せて不服そうに言うジェシカの言葉に被せるようにして、英二はすっかり上着を着込むと逃げるようにしてドアへ向かった。
「と、とにかく、それじゃ!また来るね!」
英二から預かった写真のネガを整理しながら、煙草を咥えたままマックスがジェシカをからかう。
「はは。振られたな〜」
箱を片手に「もう」と呟きながら、英二が消えたドアを眺めていたジェシカがジロリと振り返った。
「そういうあんたは私に用意してるんでしょうね?」
「はは・・・」
にやにや笑っていた顏をあっという間に凍りつかせたマックスはネガを封筒に入れると、「さあて、買い物に行くかな」と呟いて椅子から立ち上がった。
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「ふぅ」
慌ててドアから出てきた英二は大きく息を吐き出した。
(今日だからもらえないんだよな〜)
肩から斜めに掛けたキャンバス地のバッグを整えてから、家の前に繋いでおいた自転車へと跨ると英二は家路を急いだ。
スピードを上げて急ぐ英二はある区画に入った後、信号で停車を余儀なくされると窺うような目で回りをきょろきょろと見渡した。
(この辺りから問題なんだよな〜)
マックスの家を出た辺りとは打って変わって、漢字の看板が目立つ地域に来ていた。
ここはチャイナタウンの端の方で家に帰るにはこれから、チャイナタウンをほぼ突っ切るような形になる。
何事もなく信号が変わったことにほっと一息吐いた英二は再び自転車を漕ぎ出した。
さぁーっと勢いよく自転車を滑らせて街中を進むうちに再度信号に引っ掛かった。
(うわ、また信号だ)
「早く通り過ぎてしまいたい」と内心思う英二には信号もいつもより長く感じられる。
ようやく信号が変わるのではないかと思われ、英二は再び漕ぎ出すべく、ハンドルを握った手にぐっと力を入れたところで、声を掛けられた。
「英二!」
右手から掛けられた声は嬉しさを滲ませている。
(あちゃ〜)
心の声とは裏腹に、英二は声を掛けられた方向へとにっこりと振り返った。
「シン」
シャツにラフに羽織った上着のポケットへと手を突っ込んだシンが英二の姿を見咎めて、通り沿いのビルから通りへと出てきた。
「英二、小龍包を食って行けよって言いたいんだけど、その様子じゃ、急いでそうだな」
声を掛けたにも拘わらず自転車から降りようともしない英二にシンは残念そうな顔をした。
「う、うん。ごめんね。ちょっと急いでいて」
少し小首を傾げて謝る英二にシンは気の抜けたような顔をして肩を竦めた。
「いや、急いでいるなら仕方ないけどな」
「それなら」とシンは言葉を継いで、上着のポケットをまさぐった。
ポケットから出た手には白い小ぶりの箱が収まっている。
「これさぁ、前にお前がおいしそうだって言っていた店のチョコレートなんだ。うちの若様のツテで買ってきてもらったんだ」
少し目を泳がせて箱を持った手を前に突き出すシンの頬は心なしか朱に染まっている。
「あ、あの、すごく食べたいんだけど・・・今度じゃダメかな?ちょっと、鞄に入らなくて」
申し訳なさそうに言う英二に対して、シンは疑わしそうに英二の肩に掛かっている鞄へと目を遣った。
「別に入りそうに見えるんだけどなぁ」
シンの指摘に英二は慌てて、左手で庇うように鞄へと手を遣った。
「いや・・・あの・・・あ・・・そ、そう!鞄には焼き立てのパン!パンが入っているんだ!だから、チョコレートなんか一緒に入れたら溶けちゃうだろ?だから!だから、今度!今度ちょうだい!あ、信号変わったから、またね!」
「あ!」
一気に捲くし立てて喋ると英二は足を掛けたペダルに力を入れると漕ぎ出した。
英二の背後ではシンが大きい声で叫んでる。
「今日だからあげたいんだよー!!」
(ごめんね。シン)
心の中で手を合わせると英二は再び家路へと急いだ。
すっかりご無沙汰してしまいました(`-д-;)ゞ
ほんとは別な話を書いてたんですよ。
お気づきかと思うんですけど、いつもは同じ設定の話がずっと続いてます。
私の中では、この世界のストーリーがある程度繋がっていて、それぞれ、アッシュ、英二が取る行動のイメージがあるものですから、他のバリエーションがなかなか出てこないんです(´-ω-`;)
なので、全然別の独立した話を書こうとしたら、進まない、進まない。
と気づけば、もうバレンタインの月になっていたという。
なので、書き掛けは後回しにして、やっておきたいシーズンものに切り替えてみました(^ω^)b
ということで、いつも書いているものと全く繋がりはありません。
でも、まだ、後半書いてないんですよねぇ(-_-;)
でも、上げちゃう。
更新ない間も結構な方が覗いてくださっていて、ありがたいような、申し訳ないような。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです♪
(2012年2月7日コメントから)