交差点 後編

勢い込んで問い詰めた後の気の抜けた反応はさぞ間抜けに見えたことだろう。
戸惑い気味の相手の様子を見て、ジェンキンズは改めて、青年の顔をまじまじと見た。
薄暗くなりかけた中でもわずかな光を集めて輝くブロンドに、すっと伸びた鼻梁。眼鏡の向こうの形のよい切れ長の瞳となによりもその奥には澄んだ明るい緑の瞳。そして、やや赤みを帯びた薄い唇。
どこからどう見ても、アッシュ・リンクス以外の何者でもないのだが、困ったように少し眉根を寄せてこちらを見ている瞳。あいつはもっと射抜くような意思の強い瞳だった。こんな戸惑うところなんて、見たことはなかった。
見た目はアッシュにしか見えないが、青年の纏う雰囲気が自分の記憶の中のアッシュと一致しなくて、ジェンキンズは段々と自信をなくしてきた。
気勢を殺がれたジェンキンズは、何とか気を持ち直して、青年の名前を訊いた。

「えーっと・・・君はアッシュ・・・じゃないのか?・・・君の名前は?」

しげしげと自分を見つめるジェンキンズのぶしつけな視線に青年は戸惑ったように聞き返した。

「あの・・・あなたは?」
「あぁ。すまん。私はジェンキンズといって、市警で刑事をやってるんだ。怪しい者じゃないよ」
「刑事・・・?」

ジェンキンズの職業に疑いの眼差しを向けて、青年は1歩体を引いたようにも見えた。
途端、激しくクラクションが鳴らされた。

「あ・・・信号変わったから、そこ、危ないですよ」

青年の言葉に信号が変わっていたことに気がついた。
横断歩道を渡り切らぬうちに青年を捕まえたので、ジェンキンズ自身はやや車道にはみ出ていたようだ。ジェンキンズが居た場所を車が勢いよく通って行く。

「あぁ、ありがとう。刑事だといっても、そんな警戒しないでくれ。君の名前を聞いてもいいかい?」

車道から歩道へと体を寄せた後、改めて、相手に名前を訊きながら、ジェンキンズは上着の内側に収めた市警バッジを少しだけ見えるように見せた。

「・・・クリスです」

バッジを見せたことで青年は少しだけ安心したようだが、それでも、完全には警戒を解かずに、少し言い淀んでから名乗った。
ぽつりと名乗った青年の顔を見ながらジェンキンズは思った。

(どこから見てもアッシュにしか見えないが、立ち振る舞いがアッシュには見えんな。しかし、よく似てる)

「クリス。ファミリーネームも聞いてもいいかい?君は学生なのかな?」
「それは職務質問ですか?」

相手の正体を知りたくて、普通に訊いたつもりだったが、クリスはくすっと笑うと逆に問い返してきた。

「あ。いや。そんなつもりじゃ」

ジェンキンズは暑くもないはずなのに思わず頭頂の汗を拭った。

「じゃ、僕の方から質問です。先ほど、僕のことを“アッシュ”と呼びましたね。その方とあなたはどんなご関係ですか?僕と間違えるくらいだから、あなたの友達というにはだいぶ歳が下ですよね。刑事さんが探しているのだから・・・」

少し言葉を切った後にクリスは「何かの容疑者なんですか?」と眼鏡の向こうの緑の瞳を探るように光らせた。

「!・・・いや、そんなんじゃ・・・まぁ、容疑者には違いないんだが・・・でも・・・捕まえるつもりでもないんだよ」

色々言葉を並べたジェンキンズにクリスは口元に手をあてて、くすっと笑うと更に質問を重ねた。

「じゃあ、探しているのはなぜですか?探しているんですよね?」

再び信号が変わって、横断者が一斉に渡りだしたのに合わせて、ジェンキンズとクリスは歩行者の邪魔にならないよう、再度、端に寄った。
会話の主導権がすっかり逆転していることにも気づかすにジェンキンズはクリスの質問に思考を巡らした。

「いや、そもそも生きているのかどうかも分からないんだ。・・・もし、生きていれば、幸せなのかどうかを確認したかったんだよ」

クリスは驚いたように目を見開いてジェンキズの顔を凝視して、ふっと穏やかな表情を浮かべた。

「・・・そんなに僕は似てましたか?その探していた人と」
「あぁ、最初はすごく似ていると思ったよ。いや、間違いなく本人だと思った。・・・でも、こうして話していると違う気がしてきたよ。あいつは君みたいに穏やかな顔をする子じゃなかったな。つい、探してしまうのは、まだ、生きていると思いたいだけなのかもしれんな」
「・・・・・・」

ジェンキンズが遠くを見るような目になって、黙り込むと2人の間に少し沈黙が訪れた。

「すみません。僕、もう行かなくちゃ。人を待たせているんです」

会話の終了を告げるクリスの言葉にジェンキンズは我に返った。

「あ、あぁ、引き留めて悪かったね」

ジェンキンズが片手を上げて、引き留めたお詫びを告げるとクリスはふっと笑った。

「いえ。もし、お探しの人を街で見かけたとしても、声を掛けずにそっと見守ってあげた方がいいと思いますよ。相手もそれを望んでいるのではないでしょうか」
「あぁ、かもしれんな」
「お話、楽しかったですよ。じゃ」

クリスは穏やかに笑って、手にしていた紙袋をがさがさと探って、何かを取り出すとジェンキンズの手に押し付けてきた。
何を渡されたのだろうと訝しんで、ジェンキンズが手元に視線を落とした瞬間耳に入って来た聞き覚えのある声。

「おっさん、甘いものは程々にしときなよ」
「!!」

ジェンキンズがはっとして顏を上げると、クリスは既にジェンキンズへと背を向けて、人混みの中へと歩き出していた。
ジェンキンズは慌てて追おうとしたが、何人もの人に当たってしまって、前に進めない。

「アッシュ!」

ジェンキンズが人の波に阻まれている間に人混みの間から見え隠れする明るい金髪の頭はあっという間に見えなくなった。

「・・・アッシュ」

取り残されたジェンキンズは呆然と立ち尽くしてから、手に握りしめた物に目を遣った。
手の中には幸せそうな家族と家のオーナメントと子供が好きそうな赤と白が螺旋を描いたステッキ型のキャンディー。

「アッシュ、幸せなんだな・・・」

そうつぶやくジェンキンズの顔は笑顔になり、いつまでも手の中のものを眺めやった。
広いようで狭いマンハッタンだから、また出逢うこともあるだろう。
次に会ったら、思いきり嫌味を言ってやろう。
「猫かぶりやがって」って。

「早く帰らんと怒られるな」

買い出しを頼まれていたことを思い出し、ジェンキンズはオーナメントとキャンディケーンをコートのポケットに入れるとデパートに向かうべく、横断歩道の方へと踵を返した。

『Holy Night』の間で発生している話です。どこに入るかお分かりになったでしょうか(^^)
同じ土地に居たら、そりゃあ、出会ってしまうこともあるんじゃないかな〜なんて思って、思いついた話です。

チャーリーは実際、アッシュを病院で見てしまっているけど、チャーリーが言わなきゃ、ジェンキンズ警部にとってはアッシュの生死ってはっきりしないんじゃないかなぁと。
ルツィネが国立精神センターに関わっているが分かれば、ラストの大参事にアッシュの関わりを疑うことがあってもおかしくないんじゃないかなと思いました。
でも、あの状況で生きている人はいなかっただろうし、ジェンキンズ警部にとってはアッシュの生死ってはっきりしてないんじゃないかと。
センターの死亡発表以降も指紋は出てるし、チャーリーも変だし、でも、あの惨状では、みたいな。
つじつま合ってないところがあったら、こそっと教えてください(^^;)
(2013年1月20日コメントから)

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