交差点 前編

「家に居ても役に立たないんだから、子供たちへのクリスマスプレゼントでも買い出してきてちょうだい」

そう言われて、家を出されたのはおよそ1時間ほど前。

「たまの休みだっていうのに・・・」

ジェンキンズは強く吹いた風に襟を合わせながら、独りごちた。
日頃、ニューヨーク市警の殺人課に身を置き、殺伐とした事件ばかり扱って、朝から晩まで気を抜く暇もないので、滅多にない休日には居間で、自分への労いとして砂糖入りのコーヒーでも飲みながら、テレビの馬鹿馬鹿しい内容に何も考えることなく時間を過ごしたい。
そう思って、昨晩、帰宅したところに妻から仰せつかった役割が冒頭のクリスマス準備の買い出しだった。

医者から止められているので、極力、糖分は控えているつもりだが、いかんせん、ストレスの溜まる職業柄、ついつい、普通以上に糖分を取ってしまう。元々、甘いものが好きなので尚更だ。
そんな日頃の糖分を歩いて消化しようと、目的のデパートの最寄の駅より一つ手前で降りたが、今では後悔のため息しか出ない。
風が出てきて寒い上に、人の出も多くて、どこも人混みで歩くのにだって人とぶつかり、なかなか進むことができない。
進みが遅い通りの流れに何度目かのため息を吐きながら、目の前の信号が赤になっていることに気付いて立ち止まった。

「ちっとも着かんな・・・」

目的地までまだ少し距離があることに思わず言葉が口を突いて出たが、次の瞬間、通りの反対側で同じように信号が変わるのを待っている人の群れの中の一人の人物に目が釘付けになった。
髪型もジェンキンズの見知ったものとは異なるし、何より着ているものが違う。
ジェンキンズのよく知るその青年はTシャツに着古したジーンズの上下が多かったが、通りの向こうに佇むその人物はキャメル色のコートを着て、上流階級の子息めいた佇まいだ。
顏もよく見れば、眼鏡を掛けている。
自分の記憶の中のイメージとは若干、いや、だいぶ異なるが職業上、人の顔は忘れないし、見分けることもできると自分では思っている。

(アッシュじゃないか!?)

アッシュ・リンクス。かつて、マフィアに抱きこまれた市警の上層部によって、死亡扱いとなった青年。
しかし、本当に死んだとは信じてなかったし、実はまだ生きているという噂が絶えないのも事実だ。
実際のところを確認しようと何度か試みたものの、マフィアに買収されて、報道までした市警の上層部がそんな再調査を許すわけもなく、今ではそのことは口するのもタブーと言った状態になっている。
部下のチャーリーもこのことになると何故か動きが悪く、気まずい顏をするので、何か知っているのだろうと思って問い質したこともあるが口を割らない。

信号は変わったばかりなのか、または五差路の交差点で信号が複雑だからか、ジェンキンズがその青年に気付いて、確かめたいと思ってから、信号はなかなか変わらず、非常にもどかしかった。

(こちらに気付いて、逃げられたらどうするんだ)

散々イライラしてから、ようやく信号が変わり、ジェンキンズ警部の両脇で信号待ちをしていた者たちも一斉に反対側へと歩き出し、当の青年もこちらへと向かってくる。

(近づいてくる!)

相手はこちらに気付かないのか、両手にはジェンキンズがこれから向かおうとしているデパートの包みを抱えていて、視線はまっすぐ前を見たまま、歩を進めている。

「ア・・・」

ジェンキンズ警部とその青年の距離が縮まり、「アッシュ!」と声を掛けようとしたその瞬間、すれ違い、相手の人物はそのまま去って行く。
ジェンキンズは体の向きを変えると、その青年の背を追った。
急に方向転換したことで何人かにぶつかり、文句も言われたが、そんなことに構っている余裕はなく、その青年に追い付き、肩に手を掛けて、振り向かせた。

「アッシュ!」
「え?」

急に肩に掛けられたことで、体をびくっとさせたかと思うと相手は振り返った。
髪は整髪料を使って整えられていて、顏を見れば銀のフレームの眼鏡を掛けているが、傾きかけた陽にきらきらと光を返すブロンドに、銀縁の眼鏡の奥の翡翠を思わせるグリーンの瞳は見間違えるはずがない。

「お前、やっぱり生きていたんだな!俺はお前が死ぬわけがないと思っていたよ!今まで、どうしてたんだ?半年前のあの騒ぎ、お前も絡んでいたんだろう?」

興奮して一方的に話すジェンキンズに青年は困惑顏で見返してくる。

「・・・あの?」
「どうしたんだ?久しぶりで俺の顔を忘れたのか?お前、そんなタマじゃないだろう?」

「おいおい」と半分冗談まじりに言ってみたものの、相手の困惑顏はそのままで、ジェンキンズの方も相手の反応に戸惑ったところで青年は口を開いた。

「あの・・・人違いじゃないですか?」
「人違い?おい、アッシュ、何を言ってるんだ?」

ジェンキンズが思わず掴んだ両肩に少し顏を顰めて青年は言った。

「・・・僕の名前はアッシュじゃありませんけど・・・」
「え?」

今年はもう少しゆっくりめに更新しようと思いつつ、ネタがある間は「まぁ、いいか。更新しちゃえ(^◇^)」と更新してしまいました。
でも、皆様好みかはやや不明(-_-;)

これはクリスマスでupした『Holy Night』の間に入るお話です。
こちらを先に考えてたので、『Holy Night』に入る余地を入れました(^ω^)
皆さんにも楽しんで頂けるといいなぁと思いつつ、前半を更新です♪
(2013年1月13日コメントから)

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