Bed room for TWO 前編

「英二、この箱は?」
「あ、それは向こうの部屋へ持って行ってもらえるかい?」

英二は開けたダンボールから食器を出しながら、アレックスに箱の運び入れ先を指示する。

以前のアパートメントはバナナフィッシュの渦中にあったときから住んでいたので、一段落した今、安全を見て引っ越した方がいいというアッシュの意見に従って引っ越すことになった。

「アッシュが死んだ」との連絡を受けて、英二は自分も銃で撃たれていたのに、その傷も治るか治らないかのうちに身の回りのものを最小限だけ詰め込んで再渡米した。
日本からの飛行機の中では事実を受け入れなくちゃならないと思う一方で、本当なのかと否定したい気持ち、アッシュを感じるニューヨークに留まりたい気持ちがないまぜになった状態でやって来た。そんな状態だったので、どこに住もうとか、どうやって生活費を稼ごうなんて計画性は一切なく、ここでの生活の基盤は未だ成り立っていない。
このことについて英二はアッシュから「無計画」だの「勢いで何とかなると思ってるだろ」だのひどい言われようだったが、それはまた別の話だ。

アッシュが最初から「どこに引っ越そうか」と二人の話として切り出せば話が拗れることはなかったが、当然英二は自分と一緒に引っ越すと思っていたアッシュが「引っ越す」とだけ言葉足らずに言ったことから、ただでさえ人に迷惑を掛けることをよしとしない英二は当然の顔をして一緒に引っ越すことに躊躇してしまった。
遠慮した英二は一度は「じゃ、ぼくも引っ越し先を探さなくちゃ」と言ってみたものの、多少の経緯もあって、結局は「食事担当になるなら住まわせてやる」というアッシュの嬉しい申し出に甘えることにした。
英二の中ではアッシュと一緒に生活することができて嬉しいといったことで終わった話だったが、アッシュにとっては英二が自分から離れていくということを聞いて、思った以上に動揺した自分の気持ちに困惑した出来事であったことを英二は知らない。

「英二、これはどこに持って行けばいいんだ?」

シンも英二に箱の運び入れ先を聞いてくる。
その顔は非常に嬉しそうな一方で、横で黙って箱を開けていたアッシュの周りの気温が下がったような気がした。

(今朝からずっと機嫌悪いなー)

「・・・あぁ、それはね」

英二は苦笑しながらも、シンに荷物の運び入れ先を伝えた。
英二が一人暮らしすることを期待していたシンは英二がアッシュと共同生活を続けることにしたと聞いたとき、ひどくがっかりした顔をして英二を不思議がらせたが、引っ越し先がイーストビレッジに近いと聞くと一転して嬉しそうな顔をした。

シンが嬉しそうに引っ越しの手伝いをしていること自体にアッシュはイライラしていた。

(もっと遠くへ引っ越すべきだったな)

日本から離れてここに来ることを決めた英二が少しでも暮らしやすいようにと比較的日本人の店も多く、日本人も多く住んでいるという理由で選んだものの、以前よりチャイナタウンが近いことをすっかり失念していた自分を叱り飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだ。
引っ越し業者など他人をあまり自分の居住エリアに入れたくないアッシュはリンクスの中でも自分の傍に置いているアレックス、ボーンズ、コングに引っ越しの手伝いを命じたところ、引っ越し当日の朝に3人と共にシンまでやって来た。

「英二、手伝いに来たぜ!」

シンの姿を見た途端、アッシュにしては珍しく硬直して一瞬無言になったかと思うと英二は他の部屋に連れて行かれて怒られた。

「なんで、あいつが来るんだよ!?」
「えぇっと、ぼくが呼んだから・・・かな」

「アッシュ、そんなにシンのこと嫌いだったかな」と思いつつ英二が苦笑いで答えるとアッシュが目を剥いて怒った。

「呼ぶなよ!」
「だって、『手伝いに来る』って言うんだもの、断れないじゃないか。呼んじゃ、まずかったかな」

英二に正面からそう聞かれるとさすがに「シンはお前によからぬ想いを抱いている」と言って英二にシンの気持ちを気づかせてやる義理もないし、仮にシンのことを忠告して、英二にそれをなぜアッシュが怒る必要があるのかと聞かれたときに自分は答えを持っていない。
英二の素朴な疑問にアッシュは黙り込んだ。こんなときは英二の空気の読まなさが恨めしい。

(おれには英二を守る義務があるからな)

アッシュは自分にそう言い訳するように理屈づけたが英二にそれを理由として伝えるのは何となく憚られた。

「とにかく、あいつを甘やかすなよ」

英二の問いに噛みあわない答えを言い渡してアッシュは荷造りをしに部屋から出て行ってしまい、残された英二は不思議そうに首をかしげるばかりだった。

そんな感じで引っ越しの朝からアッシュの機嫌はずっと悪いままだったが、あまり怒っているのも大人げないと思い、笑顔は無理でも無視を決め込むことにした。

「コング、向こうのリビングにテレビとか重いものがあるから来てくれ」
「わかったよ、ボス」

何かと英二に訊いてくるシンの声を聞いていたくなかったのか、アッシュがコングに声を掛けて、奥のリビングへと部屋から出て行った後、英二もキッチンへと移動して、食器を箱から出していると、玄関先の方で喧嘩までとは行かないが、何やら言い合いをするような声が聞こえた。
何があったのかとキッチンから出て行くと、玄関から入ったところで、アレックス、ボーンズ、シンの3人が何かについて議論しているようだった。

「どうしたんだい?」
「あ、英二」

英二が声を掛けるとボーンズが上目使いでこちらを見て説明し始めた。
アレックスとボーンズがベッドを玄関入って左手の部屋に運び入れて、もう一つ、と2つ目を運び入れようとしたところ、シンが見とがめて、「運び入れ先が違うだろ」と言ってきたらしい。
ボーンズの説明が終わるとシンが英二に向かって言った。

「もう一つのベッドは向こうの部屋だろう?」

シンの質問の意味が分かっていない英二は質問に額の汗を拭きながら笑顔で答えた。

「あぁ、同じ部屋でいいんだよ、シン」

笑顔で答えた英二にシンは驚いたように聞いてくる。

「えぇ!?同じ部屋で寝るのか!?」

1週間って早いですね(^^;)
会社行っていると長いのに(x_x)
ふと気づいたら、2週間ほど経ってました。

今回は、だいぶ前になってしまいましたが、まりっぺさんからネタを頂きまして、「そのお題で書こう」と思ってたものです♪
まりっぺさん、ありがとうございました!
満足頂けるものに仕上がっていればいいのですが(@_@)
(2012年9月8日コメントから)

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