Beautiful life 後編

「というのがおれの夢なんだよなあ」

シンは深いため息をついて、テーブルの上で組んだ腕の上に横を向けた顔を乗せた。

「シン・・・いや、もうどこから突っ込んでいいのか、分かんねえよ」

向かいの木の椅子に足を広げて座り呆れたように言ったのはシンの手下の一人だ。
チャイナタウンの古びた中華飯店でシンは手下の一人を相手に“おれの夢”と称して理想を語っていたところだった。
相手の反応は全く意識に入らないらしく、シンは遠い目をして続けた。

「その頃のおれは今より身長も伸びてさあ、英二の頭がちょうどおれの肩に収まるくらいで。仕事なんかもしてたりして、帰れば英二がメシ用意して待っててくれる・・・おれがいない間、英二が寂しいといけないから犬なんか飼ったりして。英二に合いそうな大きい優しそうな犬がいいよな。うーん。なんかいいよなあ・・・・・おい、聞いてんのか?」

反応のない相手にムッとしてシンは訊いた。

「なんだよ?」
「そいつ、奥村英二って、あいつだろ?あのアッシュ・リンクスと始終一緒にいる日本人だろう?」

アッシュの名前が出て、それまで幸せそうな顔をしていたシンの眉間に皺が寄った。

「そうなんだよ。いっつもアッシュといるんだよ。あれ、なんとかならねえかなあ。たまに離れていてもおれが英二といい雰囲気になってくると何を察知するんだか、必ず現れるんだよ」

と聞かれていることとはややずれたことを言い始める。
手下の方はシンの言葉に呆気に取られてぽかんとしていたが、はっと我に返ったようにシンに突っ込む。

「いや、そうじゃねえよ。そんなことじゃなくて。」
「じゃ、なんだよ?」

シンの質問が最初に戻った。

「その・・・あれ・・・」

と言い淀んだ後、

「あいつ、男だろ?シン、最近、噂になり始めてるぜ?『チャイニーズのボスは男のケツを追いかけてる』って」
「あ?」

聞き返すシンの眼が怖い。シンが凄んだことで、部屋の気温が何度か下がったような気がした。

「そんなの関係ないだろ?じゃあ、お前は好きになるときにいちいち相手が女かどうか確認してから好きになるのか?」
「い、いや、そんなことはないけど」

手下は内心「そもそも男に見える奴を好きにならない」と突っ込んだが、シンの勢いにとてもそんなことは言えず、とりあえず何とも言えない返事をしたが、シンはその言葉を都合よく同意と捉えたらしく満足そうに答えた。

「だろう?いいんだよ、言いたい奴には言わせておけば」

モノを言いたそうな不安げな顔を一瞥するとシンは続けた。

「大丈夫だって!シメるところはちゃんとシメるからさ」

と満面の笑顔で手下の背中をばんばんと叩くとふと何かを思いついたように叩く手を止めた。

「シン、痛いって・・・どうした?」
「おれ、これから英二に会いに行ってくるわ。あいつ、今度引っ越すらしいんだよ。手伝いがいるかもしれないし、様子見に行ってくるよ」

がたっと音を立てて椅子から立ち上がると、椅子に引っ掛けていた上着を手に取った。

「お、おい。シン、この後、月龍に呼ばれてただろう?」

そう言われて、シンは一瞬考えるような素振りを見せたがすぐに悪戯を思いついた子どもの顔をして手下に言った。

「あー。若様にはグループ同士のいざこざを収めに行ったって言っといてくれよ」
「あ」

反論する隙も与えずにシンは「英二、何してるかなあ」と鼻歌混じりに機嫌よく出て行ってしまった。
残された方は「バナナフィッシュを巡る争いの只中にいたことを考えると近頃は平和なもんだ」と思つつ、包子でも食べながら、もう少しうまい言い訳を考えることにした。

「おやじ!包子頼むわ!」

一方、思いつきで浮かれて出掛けた先には当然アッシュがいることを完全に失念しているシンはたまたまアッシュが英二に頼まれて買い物に出たところに到着し、帰ってきたアッシュに追い返されるのだが、この時点では予想すらしていなかった。

「なぜにシン!?」というお声がちらほらと(^^;)
非常に皆様の戸惑いが伝わってくる前編でしたが、後編、どうでしょうか〜。
読み終わった後、「面白かった」と思って頂ければいいのですが。
2012年8月25日

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