Happy Birthday, Ash! 前編
アッシュはポケットから鍵を出してドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、部屋の中が真っ暗なことに気付き、反射的にジーンズに挿したS&Wに手を掛けたが、すぐに手を離して、軽くため息をつくと暗い部屋へを足を踏み入れた。
危険を察知したときに感じる肌を刺すようなピリピリとした空気は感じない。
「英二?」
「いったい何の真似だ」と訝しみつつ、まずは様子を見ようと、まずは入り口のドアを閉める。明かりを点けようと手でスイッチの位置を探ると急に大きな破裂音がした。
ぱーん!
「Happy Birthday, Ash!!」
部屋の明かりがパッとついて、一気に部屋が明るくなった。
英二が派手に鳴らした2本使いのクラッカーからは色とりどりの細かい紙片やら細い紙のテープやらが飛び出し、床を彩るのと同時にそのうちいくつかはアッシュの頭をも彩った。
「・・・・・」
無表情で自分の頭から目の前にぶら下がった紙テープを無言で取り除いたアッシュに英二は声を掛けた。
「アッシュ?」
アッシュの目の前で手を振ってみた。
「・・・なんだこれ?」
不機嫌そうな感じとは違って、アッシュは眉をハの字のして怪訝そうに英二に訊いた。
英二は呆れたように大きくため息をついて言った。
「『なんだ?』って、誕生日だよ」
「・・・誰の?」
アッシュの反応があまりに悪いので英二がじれたように言った。
「君のだよ!」
「あぁ・・・」
「今日は誕生日だったか」と思いながら、英二の顔をじっと見た。
「『あぁ』じゃなくて!・・・今日は君の誕生日だろう?」
アッシュの反応があまりに鈍いので、英二は「誕生日は今日ではなかったのでは」と不安になり思わず確認した。
「あぁ、悪い。そうだな、今日は誕生日だったな」
「そうだよ。一緒にいた割にはまともに君の誕生日を祝えなかったからね。ほら、上着脱いで手を洗って来なよ。チキンを焼いてみたんだぜ。・・・なんかぼんやりしていて変だよ?」
英二は心配そうに大きな黒い目でアッシュを覗き込んでくる。
アッシュは英二が自分の誕生日を覚えていて準備してくれていたと思うとそれだけで胸がじんわりと温かくなってくるような気がした。
なんとも言えないような気持ちが湧き上がり、反応できないでいると英二が額に手を当ててきた。
「なんか顏も赤いような気もするね。熱は・・・ないよな」
「熱なんかねえ。ちょっと驚いただけだ。お前、昼過ぎにオレが出かけるときは少年マンデーなんか読んでいて、そんなそぶり、ちらっとも見せなかったじゃねえか」
自分の感情を見せることに慣れていないアッシュは嬉しさを気取られないよう、英二が額から手をどけるとぷいっと横を向いて悪言を垂れた。
「少年サンデーだよ」
英二は冷たい目でアッシュの言葉を訂正すると「ふふっ」と笑って言った。
「君を驚かしたかったからね。でも、最近の君は感情を外に出すようになってきて、ぼくは嬉しいよ。例えこーんなかわいくないこと言う口でもね」
と言うと右手を伸ばしてアッシュの口の横を摘まんで引っ張った。
「痛っ」
「ぼくはチキンを取ってくるから、君は手を洗ってテーブルで待っててよ・・・アッシュ、顔が嬉しそうだよ」
「!!」
そう言い残すと英二はキッチンへと消えて行った。
(見透かされていた)
英二がキッチンへ消えたのを見届けるとアッシュはソファへと勢いよく座り込み、天井を仰いで、綻んでしまいそうな口元を右手で覆った。
英二は本当に自分を喜ばすのがうまい。
以前は、どうせ日本に帰ってしまうのだからあまり思い入れ過ぎないようにと自分に言い聞かせてきたが、英二は今傍にいる。
嬉しいはずなのに、泣きたくなるように胸が締め付けられて痛い。
(英二に触られた額が熱い)
幸せなこの時間が長く続けばいいと思うけど、あまり期待をしない癖がついている自分にも嫌気がさす。
それでも、少しでもこの時間が続けばいいと思う。
英二が香ばしく焼けたチキンを持って戻ってきた足音にアッシュの思考はそこで途切れた。
何回も書き直してこれがベストというわけではないけれど、このブログ始めてから初めてのアッシュのお誕生日だったので外したくなかった〜。
読んだ方が少しでも幸せな気分になれますように(^o^)
(2012年8月11日コメントから)