after Halloween

英二がキッチンで食べたものの片づけをしているところへそうっと忍び寄る。
もう少しで英二へ触れられる距離に入ると思ったところで、英二が洗い物を食洗機へ食器を放り込みながら、背中越しに声を掛けてくる。

「何?コーヒーでも飲みたいのかい?」
「!?」

びくっとして動きを止めたアッシュに英二が洗い物の手を止めて振り返った。

「あれ?違った?コーヒーじゃないなら、何か食べるものかな?足りなかった?」

「ん?」という目と微笑んだ口元で問い返されて、アッシュは言葉に詰まった。

「・・・・・・」
「それとも、紅茶にする?この前、頂いた紅茶があるんだよ?」
「・・・・・・じゃ、紅茶」
「OK。すぐに行くから、リビングで待ってて」

満面の笑顔で言われてしまって、アッシュはぎこちなく了承を返した。


【Side :Ash】
英二が淹れてくれた頂きものだという紅茶を口に運びながら、アッシュは昨日のパーティーを思い返していた。
最近英二が始めた写真家の助手、といっても写真家自体が趣味に毛が生えたようなものだから、せいぜい週に一、二度程度、屋外の撮影に同行するくらいだが、その写真家の伝手でハロウィンパーティーに参加することになってしまった。
賑やかにやりたいので友達を連れて来てもいいと言われた英二がアッシュを誘って、赴いたのが昨日のお屋敷でのパーティーだった。
“アッシュ”として露出したくないものの、ハロウィンパーティーなら過剰に仮装しても不審に思われないので、渋々ながら英二に同行することにした。
ハロウィンには付きもののカボチャは心底嫌だったものの、恒例のやり取りの後に、

「カボチャなんて怖くねぇ!」
「じゃ、行こ!」

となり、行く羽目になった。

(あいつ一人で行動させると何をしでかすか、分からないしな)

思い返していたのはパーティーでのことだった。
料理の乗った台で英二が皿に取り分けているところ、室内に用意されたソファで英二が寛いでいるところに料理を持ってアッシュが背後から近づくと英二は振り返りもせずに自然に話し出すことに途中で気が付いた。
大人数がいる場所だから、足音で気づくわけもないし、自分ではないのだから足音で英二が相手を判別できるわけもない。
昨日から気になって先程も試してみようと、キッチンで英二の背後に忍び寄ってみた。
気配を消して、足音立てないように近付く自信はあったのにやはり先に気付かれた。

「本人に聞いてみるか」


「なぁ、英二ぃ」
「んー」

リビングに置かれたソファでアッシュの横で同じく自分で入れた紅茶のカップを片手にこちらも頂きものだという焼き菓子を摘まみながら、英二は漫画雑誌を捲っていた。

「お前、なんでオレが後ろから近付いても気が付くの?」
「へ?」

不思議そうな顏をした英二に先程のことも含めて、昨日のパーティーで気づいたことを話した。
途中から段々顔色の変わる英二に気付かずにアッシュは自分も焼き菓子の乗った皿へと手を伸ばした。

「気配を消すのは得意だったのに、何でそんなに気が・・・つくの・・・か・・・と」

手にした焼き菓子を口に放り込み、隣の英二へ笑顔で向いて、語尾を飲み込んだ。

「・・・英二?」

向き直ったアッシュが目にした英二は頬どころか耳まで真っ赤にして、目を大きく見開いていた。

「どうしたんだ?」
「忍者だよ!」
「は?」
「日本人は皆、忍者なの!だから気配に気が付くんだよ!」
「え?」
「分かった!?」

アッシュが英二の豹変に驚いているうちに答えを押し付けるようにして、アッシュに「分かった」と言わせるとミセスに呼ばれてたと言って、どこのミセスの家に行ったのか足早に家から出て行ってしまった。

「ニンジャ?」

呆気に取られたアッシュは何が行けなかったのか、暫く考え込んだ。
でも、人の好い英二は隠したかった自分の秘密をアッシュの巧みな誘導にその晩のうちに暴露してしまい、散々、からかわれることになる。


【Side : Eiji】
足早に家を出た英二は思わず片手で口元を覆った。
すっかり寒くなったニューヨークの秋の気温が熱をもった頬には気持ちがいい。
アッシュが雑談でもするように昨晩の話をしているうちに段々耳が熱くなってくるのを感じた。
アッシュが傍に寄って来る前には空気が動く。
同じシャンプーの匂い。一緒に使っている整髪料の匂い。どれも自分も共有しているものだからよく知っているのは当たり前だけど、そこに混じるアッシュの匂い。

「って、言えるわけないじゃないか!?」

キッチンで水を使っていて、たとえ足音が聞こえなくてもほんの少し空気が動いて、アッシュの匂いが鼻腔に届くと傍に来るのが分かる。
同じベッドで寝起きして、すっかり覚えた匂い。傍に居ることを思い知らせてくれて、安心させてくれる。

「それにしても、忍者はなかったかなぁ。きっと納得してないよなぁ」

売れ残ったカボチャでも買って、有耶無耶にするしかない。
そう色々誤魔化す手立てを考えながらも、アッシュの匂いに気付くことに近い距離を感じて嬉しかったり、恥ずかしかったり、こそばゆい想いを抱きながら英二は地下鉄の駅へと足を向けた。

2014年11月3日

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