秋の楽しみ 01

秋になり、そろそろ肌寒い日も増えてきた。
英二は窓を開けて、窓から身を乗り出し、通りを眺めている。

「おい、英二。あまり窓から顏を出すなよ。上から植木鉢が落ちてくることもあるぞ」

アッシュはダイニングのテーブルについて、新聞を片手にコーヒーを飲みながら、英二に声を掛けた。
英二はアッシュの言葉を聞いて、びくっと身をすくめると、窓から身を引っ込めた。

「怖いこと言うなよ」
「本当のことだぜ?たまに出窓から落ちた物に当たって、大怪我する奴いるぞ」

窓際で窓枠に手を付きながら、顔だけ向けて、アッシュの話を聞いていたが、実際にあった話だと聞くと「うぇ」と顏を顰めた。
英二は窓の方へ向き直り、外側に開いた観音開きの窓を閉めて、キッチンと繋がったカウンターに乗ったコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐとテーブルのアッシュの方へと寄ってきた。

「ねえ、ねえ、アッシュ。焼き芋をしないかい?」
「ヤ・キ・イ・モ?」

椅子を引いてテーブルに付きながら、アッシュに提案する。アッシュは新聞から目を離し、英二の方を見ながら、聞き慣れない単語をなぞって、片言の日本語を口にする。

「そう、焼き芋だよ。この前、君と一緒に夕飯を食べに出た際に、ちょっと入った路地でドラム缶で火を焚いているおじさんを見て、焼き芋を思い出したんだ。今も、通りを見てたら、落ち葉もだいぶ落ちてきているし、できそうだなぁと思って」
「イウォーク語か?」
「うーん。こっちではサツマイモのことを何て言うのかな・・・あぁ、Sweet potatoって言ったっけ」
「ジャガイモは甘くないだろ?」

怪訝そうな顔をして、アッシュは新聞を折りたたんでテーブルに置くと英二に焼き芋なるものの説明を求めてきた。
新聞から手を離したということは興味があるらしい。

******

「外で焼くのか?なんか、サバイバルみたいだな。しかも、外側は紫色で中身は黄色?それ、本当に食い物か?」

英二の説明を聞いて、アッシュは少し眉間に皺を寄せて不審げに問い返す。

「食べ物だよ〜。でも、確かにスーパーで目にしたことないかもなぁ」

英二は焼き芋の説明の前にサツマイモの説明でつまづいてしまった。自分が買い物で見かけないことから考えても、こちらではサツマイモはポピュラーではないらしい。
「甘くておいしいのになぁ」と英二がどうしたものかと考えながら呟いた言葉を聞いて、アッシュが上目使いで聞いてくる。

「その、・・・ヤキイモっていうのは、その、・・・サツマイモっていうものじゃなきゃ、できないのか?」
「ん?まあね。サツマイモじゃないと焼き芋じゃないんだよねぇ」
「ふうん・・・」
「君に食べさせてあげたかったんだけど、サツマイモがないんじゃ、仕方ないね」

困ったように英二が言うとアッシュがパチンと指を鳴らした。

「ジェシカに聞いらどうだ?甘いんだろ?女は甘いものが好きそうだろう?それに一応、女だから料理のことなら聞いてみる価値はあるぜ?」

ニヤッと笑って言うアッシュに英二はぱっと顏を輝かせたものの、アッシュの後半の言葉に苦笑いして「そんな言い方したら、ジェシカに怒られるよ?」と言った。

「英二が聞くんだから問題ない」

澄ました顔でそう言うと、アッシュはコーヒーを飲み残したマグカップへと手を伸ばした。

******

「やだ。英二じゃない!元気にしてたー?たまには顏出しなさいよ!」

ジェシカに電話を掛けると、10分ほど一方的に弾丸のように喋り続けられた後に、英二はようやく用件を切り出すことができた。

「サツマイモ?あぁ、知ってるわよ」

さらっとジェシカが言うので英二は大きい声を出した。

「知ってるの!?」
「知ってるわよ〜。これでも、雑誌編集者ですもの。最近、話題のヘルシーフードでしょう?」
「・・・ヘルシーフード・・・?」

英二は不思議そうにジェシカの言葉を繰り返したが、ジェシカは英二の様子に気づく様子もなく話し続けた。

「そう!この前、ちょうど雑誌でも取り上げたんだけど、サツマイモの真ん中をくり抜いて、蒸かしてから、蜂蜜とかジャムとかを入れて出すのよ」

英二は心の中で「ジャムとか入れたら、ヘルシーではないのでは」と思ったものの、ジェシカの話がこれ以上長くなっても困るので、口には出さなかった。
ジェシカの話によると、やはりこちらではサツマイモを食べる習慣はないらしく、あまり見かけるものではないらしい。
物珍しいというのと、甘くてお菓子のように食べられて、ビタミンCと食物繊維に富んでいるということで蒸かして出すお店が出来たとのことだった。
英二はジェシカの話が一旦切れたのを逃さずに質問した。

「ねぇ、ジェシカ。サツマイモを入手することはできないかな?」

******

英二がジェシカとの電話を切るとアッシュが手にした新聞から顏を上げて文句を言った。

「電話、長ぇぞ」
「ごめん。ごめん」

「新聞を隅から隅まで読み終わるところだった」とボヤくアッシュに英二は苦笑して、ジェシカとの電話中にメモした紙をアッシュへと見せるようにひらめかせて見せた。
アッシュはその紙をちらっと見ると、にやっと笑って、英二に誘い掛けた。

「その店、セントラルパークに近いぜ?そこへ買いに行ったついでに、ヤキイモしてみるか?」

『BANANA FISH DREAM』のらぶばなさんの企画に回答した“焼き芋”をネタにお話を書いてみました。

3回くらいに分けて更新しようと思いますが、1〜2話はかな〜り地味ですよ〜(^^;)
二人のなんということのない一日をお楽しみ頂ければ〜。
2012年10月12日

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