「ちっ、降ってきやがった」

出掛けるときに英二はなんて言ってたっけ?雨は降らないとか言ってなかったか?

空が暗くなり、急に激しくなってきた雨足にアッシュは仕方なく、一時退避しようと、雨を凌げる場所を探すことにした。
前方に見える店先にはひさしが少し付いている。あそこなら少しは雨も避けられるだろう。

辿り着いた店の前には既に数人が雨宿りをしていた。
何気なく背にしたショーウィンドウを振り返ると雨に濡れそぼった自分が映っていた。いつもは光を集めて輝いている明るい金髪もすっかり雨に濡れて、輝きを失っている。
雨で髪はぺったりと顔に張り付き、ショーウィンドウに映った自分は雨に打ちひしがれた野良猫のようで、アッシュはマンハッタンに出てきたばかりのことを思い出した。

“ケープコッドの事件”以降、狭い田舎町では事件を知らない者はなく、親切ぶって気に掛けた風に事件のことで声を掛けてくる者さえいた。そんな周囲の目をオヤジ自身が気にしたのか、叔母の家に預けられたが、幼い自分に他人の家は居心地のいいものではなく、ほどなくして家を飛び出してマンハッタンへやって来た。
勢いで家を飛び出してはみたものの、ガキだった自分には毎晩寝泊りする場所を確保するだけでも大変だった。
雨に降られては行くところもなく、ずぶ濡れになるのもザラだった。
やって来た当初はこぎれいだったのが、その辺で寝泊りするうちに段々薄汚れていって、ふらふらしていると家を持たないのがすぐにバレるらしく、“子ども好き”を自称するオヤジに親切ごかしに風呂とベッドを提供すると言われてはのこのこ付いて行って、代償として体を要求されるの繰り返し。街に慣れる頃にはもう人なんて信じなくなっていて、見返りを求めない人間なんていないと思っていた。
英二に会うまでは。

雨に濡れた自分をマンハッタンに来たばかりで雨の中、行くアテもなく佇んでいた昔の自分に重ねて、沈んだ気持ちでショーウィンドウに映り込んだ自分を見ていると小走りで駆け込んでくる女性の姿がガラスに映っているのが目に入った。
薄いピンクの揃いのツーピースを上品に着こなした老婦人だったが、アッシュが見ているのに気が付くと、人のよさそうな笑顔で声を掛けて来た。

「すごい雨ねえ」
「えぇ」

老婦人のゆるく結い上げた髪は真っ白で薄めのピンクのスーツがよく似あっている。
アッシュは愛想なく応えたが相手は気にする様子もなく続けた。

「あら、あなたも随分濡れているのね」

そう言って、自分の頭や肩を拭いていたタオル地のハンカチをアッシュの方へと寄越してきた。不要だと手で押し返そうとしたが、「風邪を引くわ」と手の中に押し付けられた。

「急に降ってくるから。でも、きっとすぐに止むわね。雲の切れ間に青空が覗いているもの」

そう言われて、空を見上げる。空一面に広がっている厚く黒い雲の切れ間から確かに青空が垣間見える。

(あ・・・)

老婦人は事実を言っただけで特に意味はないのだろうが、アッシュはその青空を見て、無性に英二の顔を見たくなった。

「タオル、ありがとうございます」

タオルを老婦人の方に返して、通りへ出ようとすると呼び止められた。

「まだ降っているわよ?」

アッシュは最初の無表情と打って変わって優しい笑顔を向けた。

「止まない雨はありませんから」

そして、まだ少し降っている雨の中へ足を踏み出した。

雲の間から覗く青空は英二を思い出させる。
ゴルツィネに囚われ、クサっていた日々の中、英二と出逢った。真っ黒な雲の間に見える青い空のようにそこだけ明るさが満ちていた。
死を厭わず、自由と真実を求めて戦いを挑んだが、途中、何度も現実を変えることはできないと半ば諦めそうになった。その度に英二という存在に支えられた。
英二は暗闇の中でも光を与えてくれる。強烈に周囲を照らす光ではないけれど、最初は暗闇に差し込む一筋の光のように、でも、気が付くと光の届く範囲が広がっている。

しばらく、歩いているといつの間にか雨も上がり、空が明るくなっていることに気が付き、上を見上げた。

「あ」

雲も消え去り、先ほどは隙間から垣間見える程度だった青空が今では空いっぱいに広がっている。
その真っ青な空に大きな虹が掛かっている。

「ほら、あがったじゃねぇか」

早く帰って、英二の顔が見たい。そして、英二にこの鮮やかな虹を教えてやりたい。
アッシュは口元で優しく笑うと家に向かう足を速めた。

お題に沿って話を書くことにトライしてみましたが、難しかった〜(x_x)
うまく行かなかったような気もします。(でも、載せてしまう)

お題として、大好きなラルクの曲名で書いてみようと思い、今回は『虹』を選んでみました。
書き表したかったことがうまく表現できてないような気もしますが、広い心でお読み頂ければ嬉しいです(^^)

映画『るろうに剣心』の主題歌でもありました(実写の方じゃないよー)
『虹』の歌詞はこちらで(^^) → 『虹』
(2012年10月6日コメントから)

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